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地理的には熊野とはちょっと言えないけれど

 熊野に移ってから好きになった物。神社と灯台。
 今回の神社は瀧原宮。杉の間、砂利道をまっすぐ歩く。
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 入口の立て札、この文面いいなあ。辿り着いた先は、いい感じのお社が並ぶ。
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 やっぱり神社はこのシックな感じがいい。
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 この白と黒の境界にはきっと何か意味があるのだろう。
 シックモダン。

 足で崩したら、やっぱりばちがあたるのかなあ。

d0147727_20134387.jpg ここは大宮大台という紀勢道のインターの近く。熊野から伊勢に行くには国道42号をひたすら走って、高速の入り口は大内山。大宮大台はその次のインターなので、高速が伸びてからはめったに寄らなくなった場所。廃屋を修復していた数年前は、ここまでしか高速が無かったので、このインターは懐かしい場所。だから、ここも私には「熊野」。神社の前のお店だって、「くまのや」。

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by mobiliantichi | 2010-09-09 20:48 | 熊野自慢  

暗雲

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 昨日のテレビを見ていたら、沸き起こってきた気分を象徴する1枚。
 
 この写真は、母の山を見に奈良県の下北山に行った時に撮ったもの。
  
 祖父の時代、ここの山からの収入は、生活するのに充分なものだった。
 大きな買い物をする時は、山の木を売る、それが当たり前のことだった。
 私の生まれた家も、今住んでいる家も、この山が建ててくれた。

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 山を見に行くと、山を守ってくれている方は、熱心に案内してくれる。あの立ち枯れの木の横が境界線で、、、、あの剥げた場所は、植林されずに放置されていて、、、etc。d0147727_19102036.jpgd0147727_19104296.jpg
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 そして、杉の間を歩く。そこには道があり、橋があり、小川がある。d0147727_19134119.jpgd0147727_1914055.jpg
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 日本は国の面積の2/3が森林だという。資源が無い国に唯一あるのは、森林資源。それが今、外国に買われているという。テレビでは、熊野にも中国人が山を買いに来たと紹介されていた。北海道ではすでにイギリスや中国の資本に買われた広大な森林があるとか、長崎の離島まで中国人が現れたとか。
 今の日本の林業の状況では、気がついたら、日本国の2/3は外国人のものになっていた、なんてことがあり得るのかもしれない。
 日本の山は、やっぱりずっと日本の山であってほしい。毎春花粉症に悩まされる私だけれど、杉や檜の植林やブナの原生林のある山であってほしいと思った。
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by mobiliantichi | 2010-09-08 19:50 | つぶやき  

boku岩

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 熊野には色々な名前の付いた岩がある。
 でもこの岩にはたぶん名前はない。

 みなと距離を置いて、猫背でとぼとぼ歩く姿。

 なんだか鏡を見るようで、親近感を感じて、
 本日ここに「私の岩」と命名。

 ところで、後ろの山の白い球体はなんだ?

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by mobiliantichi | 2010-08-25 21:36 | 熊野自慢  

Che cos'e ? 25

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 久しぶりの発掘品紹介。
 実は前に一度登場済みの、これは

なんだ?
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by mobiliantichi | 2010-08-24 20:59 | アンティーク  

翁の記憶

 この夏の一か月間は、東京から来ていた両親の運転手に徹していた。父の生家に行った帰り、狭い道を新宮の市内を見下ろす高台に向かう。従兄から聞いた美味しい蕎麦屋を目指して。(父はうどん派で蕎麦アレルギーかもしれないのだけれど、そこは蕎麦好き運転手の独断で)
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 庭にバラの咲く、およそ蕎麦屋らしからぬ一軒家。「くまの庵」
 なんでもここは蕎麦好きには有名な、あの蕎麦職人のお弟子さんの一人がやっている店だという。暑さを吹き飛ばす辛味の効いたおろし蕎麦を食べる。d0147727_817332.jpg
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d0147727_8194375.jpg その職人はたぶん昔東京の湯島の辺りに翁という店を開いていたと記憶している。私がそこで太くて色の黒いいわゆる田舎そばを生まれて初めて食べたのは、25年前のこと。それまで蕎麦とうどんの味の差って、そんなに無いんじゃないかと思っていたので、そば粉の味の濃いその野性的な麺は衝撃だった。しばらくして、その店主が店を閉めて、山梨の山奥に移り住んだと聞き、店を探して尋ねて行ったこともある。
 今、その職人は広島に移り、沢山の弟子が全国に散らばり美味しい蕎麦屋を開いているという。でも今その一派の打つ蕎麦は完全に更科系。あの田舎蕎麦はない。私の記憶違いなのか、それとも何か理由があるのか、そんなことを職人に聞いてみたい。そんなことを考えながら、上品な細い蕎麦をいただいた。

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by mobiliantichi | 2010-08-22 08:50 | 熊野自慢  

季節は確実に

 熊野の花火大会は今年も8月17日に予定通り開催された。今年は仕事場の仲間の取ってくれた特等席で、東京の学校に通う親戚の大学生を感動させることができた。
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 花火が終わると、夏はあっという間に終盤へ。稲刈りも始まって、今年の新米をさっそく食す。
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 秋は一番好きな季節。これから、美しい日本の山里、堪能の予定。d0147727_22141519.jpg
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 まずは亀さんの作ってくれた、木戸を開けて、
 線路の向こうに出かけてみよう。
 
 亀さんは木戸でも手を抜かない。

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by mobiliantichi | 2010-08-21 22:26 | 熊野自慢  

亀公園のウミガメのように

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 東京ほどではないといっても、熊野も日中は猛暑だ。
 さすがにちょっと「疲れた、、、。」と独り言。
 今いるそこから移動したくない気分。

 亀公園の人造砂浜で動かない亀。
 そう彼のように。 
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by mobiliantichi | 2010-08-18 22:49 | つぶやき  

横からでも上からでもたぶん裏からでも

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 明日は唯一熊野が人であふれる1日。そう熊野大花火大会だ。前日の今日、我が家の町内でも花火が上がる。人出が少なく、浜からあげるので、かなり近くで見れて、それなりに迫力がある。前夜祭気分で、ここ数年欠かさず見に行っている。暗くなる頃、浜の灯篭を目指して歩く。
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 防波堤に座って待つ間に、近くの他の町や、岬の裏の町でも花火が上がった。一日で3か所の花火。ちょっと得した気分。
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d0147727_2045465.jpg 灯篭が花火の炎で燃やされたのを合図に、打ち上げ開始。お腹に響く音を聞きながら、今まで見たいろんな花火を思い出した。

 浅草に住んでいた時、マンションのベランダから乗り出して見た隅田川の花火。横から見ると花火って1本線なんだよ、なんて言われたけれど、横からでもちゃんと丸いことを確認できた。
 12月31日の23時過ぎに、パリの空港を離陸する飛行機に乗ると、花火を見下ろすことができる。窓の外を眺めると、いろんな町で小さな花火が上がっているのが見える。上からでも、やっぱり花火は丸かった。

 いつか、豪華客船に乗って、裏から熊野大花火を見てみよう。自分の方に迫ってくるように見える花火が、裏から見ると遠ざかって行くように見えたりして。そんなはずないか、、、。
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by mobiliantichi | 2010-08-16 21:17 | 熊野自慢  

お盆だからかもしれない。

犬は人に、猫は家に付くという。
母屋の床下で、三毛の母猫が2年前に3匹の子猫を生んだ。1匹は白にちょっとだけ茶の斑があって、人懐っこい。もう1匹はトラ猫で、なかなかの美形。最後の1匹は足だけ白で、後は黒。こいつは警戒心が強く、めったに見かけなかった。子猫は大きくなって、母猫とは別行動をとるようになり、この夏は、母猫も子猫も見かけることはほとんどなかった。
d0147727_2191186.jpg 以前から、母猫は扉の前でお座りして、私が扉を開けて家に入る時に、すり抜けて侵入することがあった。私は、食べ物が欲しいのだろうと思っていた。昨年の夏、暑くて扉を開けっ放しにしておいたら、知らないうちに母猫が家に入り、和室の扉の前の廊下に佇み、押し入れを見つめていたことがあった。
d0147727_2163595.jpg 昨日はすべての窓を開けて空気の入れ替えをした。そして玄関から廊下に向かうと、和室の入り口から、黒に白の猫が飛び出して、隣の洋間に逃げ込んで、その窓から外にジャンプ。あの警戒心の強い子猫に違いない。今まで家の中に入ることなんてなかったのに。それに扉は閉めていたから、わざわざ窓によじ登って格子の間から侵入したに違いない。
d0147727_2173951.jpg 実は和室の押し入れには、廃屋の間も蒲団が放置されていたので、床下の穴から猫が出入りして、長い間住んでいたようなのである。古い蒲団を処分する時に、生まれたばかりの子猫と、完全に白骨化した猫を見つけた。それは数年前。
 毎年夏になると、先祖の暮らした場所に戻ってくる猫。彼らにはお盆で戻ってきている先祖の姿が見えているのではないか。あの押し入れを見つめる親子の猫の横顔。私にはそう思えた。
 彼らの祖先からの場所、取り上げるつもりではなかったのだけど。ごめんなさい。
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by mobiliantichi | 2010-08-15 22:14 | 古民家修復  

英雄の騎馬像

 この夏、生まれて初めて熊野を訪れた姪に大好きなあの灯台を見せたくて、兄の家族を本州最南端の先っぽに突き出た大島まで連れていった。すると灯台の手前になにやら立派な騎馬像があるではないか。あんなものいつできたの?
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どうもこれはトルコの初代大統領らしい。そう言えばイスタンブールでは、この顔をいろんな場所で目にした。たしかお札にも印刷されていたはず。地元のガイドはこの大統領はトルコ国民の英雄だ、と言っていた。
 そしてこの像、実は新潟から送られたものらしい。なんでも新潟地震で倒壊して、そのまま放置されていた像を、東京で修復して串本まで運んだというのだ。なぜ新潟にトルコの大統領のこんなに立派な騎馬像があったのか?
d0147727_11432518.jpgd0147727_11435642.jpg 灯台に登って黒潮を眺めた帰り、あまりの暑さにクーラーのきいていそうなトルコ記念館に入ってみた。250円の入館料をけちって、今まで実は入ってみたことが無かったのだ。
 最近、明治の時代にここで沈没したトルコのエルトゥール号の積荷の引き揚げが行われたけれど、残念ながらお宝ザクザクというわけにはいかなかったようで、記念館にはお皿の破片や錆びだらけの銃くらいしかなかった。でも係りの人は、親切に船が沈没した場所を教えてくれた。左の写真の一番上の岩。こんなに陸に近いのに、数百人が亡くなった。でも生き残った人達に、この島の人達が自分の乏しい食糧や衣服を分け与えたことは、トルコでは小学校の教科書で習う有名な話だという。
 1985年、イラン・イラク戦争の最中にテヘランの空港から日本人265人を救出したのは、トルコ航空機だった。それはフセインが航空機はすべて撃ち落とす、と言ったリミットの75分前だったという。後になって元駐日トルコ大使は、「エルトゥールル号の事故における日本人の献身的な救助活動、トルコの人たちは決してそのことを忘れていません。」と言ったという。そして120年前に、地元の人がトルコ人を助けたことへのお礼のために、先日トルコの国家元首がここを訪問したという。和歌山県に国家元首が来たのはそれが初だとか。
 トルコ人は本当に恩を忘れない人なんだね。


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by mobiliantichi | 2010-08-14 11:47 | 熊野自慢