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巨木伐採

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もともとこの廃屋は後ろにある母屋の目隠しに、ということで解体せずに放置していたもの。だから庭木は茂り放題。落ち葉が屋根に溜まり草が生えて雨樋が詰まり、雨漏りの原因になっていたため、最初の作業は庭の巨木伐採。これから現場責任者をお願いする大工の亀さんに「家の近くの木と頭でっかちのカイヅカイブキを切ってください。百日紅は残して」とお願いした。数日後に亀さんから電話があった。「全部切ってしまってよかったんかのう?」かくして原生林のようだった庭はその時点で伐採が済んでいなかった2本の木を残して切り株の庭になった。ホントは目隠しにもう少し木が欲しいところだが、これから植えていくことにしよう。

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切り株はちょっと面白い。叔母が自宅の庭に椅子がわりにおいてみようとしたが、重過ぎて運べない。3年ほど畑に放置してある。シロアリのえさになる前になんとかしないと。だれか貰ってくれませんか?d0147727_9354430.jpgd0147727_94798.jpg

  
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by mobiliantichi | 2008-02-02 09:40 | 古民家修復  

1番目の被害者は

 廃屋は祖父が亡くなった時点で時間が止まっていた。修復作業の第一歩は中身を片付けること。ここでも師匠の力が発揮された。まず名古屋と大阪の骨董屋に連絡、でもどちらも紀伊半島の先っぽまでは遠すぎる、と及び腰。そのため、師匠は葉山の古民家でお店を開いている若い骨董屋さん(A氏)に仕事を頼んだ。「おいしい松坂牛がたべれるよ」
 東京でトラックを借りて師匠と私はA氏の運転で熊野に向かった。10時間近いドライブの途中、もちろん松坂では焼肉屋によって、お肉をご馳走した。しかしその後はA氏は幽霊の出そうな古い母屋に泊まり、私の手料理を食べさせられ、廃屋の中をすっかり空っぽにしてくれた。
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 目利きのA氏は売れそうなものはトラックに積み込み、売れないものは畑でほとんど燃やしてしまった。帰りは師匠とA氏が二人でそのまま発掘品を市場に運んで処分したらしい。

 A氏がこの熊野旅行をどのように感じたのか、ずっと私は心配だった。しばらくして修復の進んだ廃屋の写真を持って、A氏が出店する大和の骨董市を訪れた。写真を見たA氏は綺麗になった、と言ってくれたが、一度遊びに来て欲しい、という誘いは丁寧に断った。
 私の手料理が口に合わなかったのか、怪しげな薬の処分をさせられたからか、廃屋の布団の中から丸々1体分の小動物の白骨が発見されたからか、それとも隣の部屋で寝ていた師匠のイビキが凄すぎたためか、、、、、。熊野にいい印象を持たれていないようでなんとも申し訳ない気持ちである。
 
 
 
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by mobiliantichi | 2008-02-01 21:12 | 古民家修復  

発掘品その1 「純正哲学部門 妖怪学」

 修復作業の第1段階は廃屋内のごみの清掃だった。その作業中に色々なものが発掘された。この病院の絵葉書、曽祖父の写真、各種薬品、手術機材、白骨 etc
 医学書に混ざってこんなおどろおどろしい教科書も見つかった。d0147727_21563340.jpg
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 何冊かあったが、1冊だけ残した。これは明治30年の3版だ。医学部でこんな授業もあったのか?内容は今でいう占いだ。陰陽、占星、運気、夢占、八卦、五行、厄年厄日などという単語が目次に並ぶ。その中の相法篇。相法総論、物理的説明、心理的説明、面相論、西洋人相術、五體の相貌、人相結論とつづく。
 犯罪の種類により顴骨、腮顎、面色、眼目、口唇、鼻の特徴が表になっている。詐欺士は頭は逆立ち、顎は普通で顔色は美白唇は薄く小さくなどなど。賭博士は黒光する顔に小さい口に突き出した上唇で鼻翼は下がる。なぜか別表に道徳狂の人相もある。道徳狂って?
 しかし、漫画でもし詐欺士や賭博士を描くとしたら、そんな人相になりそうなのは、実際に当たってるのか、それとも日本人の潜在意識にこの人相学が刷り込まれているのか、、。

 和紙に墨で書いた講義ノートも多数発掘されたけれど、この講義を聞いて曽祖父がどんなことをノートに残したか。知りたいような知りたくないような。でもこの講義一度は聞いてみたい。
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by mobiliantichi | 2008-01-31 22:47 | アンティーク  

まずは廃屋の視察から

 数年前のある日、このプロジェクトは始まった。まず修復をけしかけた(?)師匠を廃屋の視察のため熊野に招待。父からのプロジェクト阻止の使命を受けた母が私と師匠に同行した。
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 曽祖父の後を継いで耳鼻科を開業していた祖父が亡くなってから30年近く放置された廃屋。ガラスの割れた窓には板が打ち付けられ、母屋とつながっていた廊下も取り壊されていた。庭にはカイヅカイブキの巨木、桜に百日紅に背丈近くまで伸び放題の雑草。
 長靴、軍手に懐中電灯、虫除けスプレーで装備して師匠と中に潜入。あまりの惨状にさすがの師匠も驚いたようだ。中にはガラクタが散乱しており、ところどころ床も抜けている。
 でも真直ぐ伸びた廊下、高い天井、そして天窓。すべてが今どきの家には無いもの。
                やるっきゃない             
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 後で師匠から聞いた話によると、母は師匠に「なんとかこの無謀なプロジェクトを諦めさせて欲しい」と言っていたそうだ。もちろん師匠がそんなことを私に言うはずもなく、とんとん拍子に計画が進むこととなった。
 
 
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by mobiliantichi | 2008-01-19 22:10 | 古民家修復  

修復の修了は

 「こんな田舎に当時モダンな洋館を単なる医者が建てることができたのは、だれか建築や洋館に詳しい人間の助言があったのでは?」 その疑問は最もだ。ここは紀伊半島の先っぽで、昭和30年代でも完全には電車は開通しておらず、今でも唯一の電車はディーゼルの単線だ。

 もし助言者がいるとしたら、西村伊作以外には考えられない。明治17年に生まれた伊作は幼少期を徳太郎と同じ下北山村で過ごし、25歳で4ヶ月間ヨーロッパからアメリカを旅行している。その後、民家や教会の設計を手がけたり、文化学院を設立した。
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 伊作と徳太郎は親戚で、この病院の開院祝いには、伊作から下北山の風景を描いた油絵が送られた。 その絵は長い間待合室正面に飾られていたが、廃院してからは母屋の蔵に仕舞われていた。そのためこの絵は新しく発見された伊作の作品として、数年前に鎌倉と和歌山で開かれた「西村伊作の世界」展に出品された。それ以来、和歌山県立近代美術館に預けてある絵。この絵を引き取り待合室の元の場所に戻すことができたときに、この家の修復は修了する。
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by mobiliantichi | 2008-01-17 21:23 | 古民家修復  

曽祖父「徳太郎」

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曽祖父の徳太郎が奈良県の山深い下北山村で最初に開いた診療所を離れ、新たな病院建設に乗り出した理由は判らない。選んだ場所は海に近い熊野市羽市木。時代は大正の中ごろ。奈良から大工を呼び寄せ、純日本家屋の母屋の前に洋風の病院を作った。病院の横には2階建ての入院病棟、薬局、旅館が建てられた。
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 病院の完成はきっととても嬉しく誇らしかったに違いない。今回の修復で廃墟の病院から2枚の絵葉書が見つかった。全景を写した写真は山の上から撮ったものだろう。

 徳太郎にはあったことはない。母によると個性的な強い人だったそうだ。ひ孫が自分の病院を好き勝手に手直ししてしまったことを果たして喜んでいるのだろうか?でもなんだか肩の上から覗き込むように見守ってくれている気がする。

    朽ち果てるのを待つよりはよかったでしょ。ひいおじいちゃん。
 
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by mobiliantichi | 2008-01-16 23:27 | 古民家修復  

始まりは1枚の写真から

 数年前に祖父の妹が一人老人ホームで亡くなった。子供のいなかった彼女は遺産を自分の育った家の修繕に、と姪である私の叔母に託した。叔母はぼろぼろの廃墟だった牛小屋と病棟を壊した。そのとき発見された古い写真を私はこっそり持ち帰った。その写真に写っていたのは廃屋のまま30年間放置されている曽祖父の建てた病院の昔の姿だった。

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 アンティーク家具の修復を始めた私は、ある日その写真を修復の師匠に見せた。
それは偶然の出来事。今まで買ったアンティーク雑貨や祖母から譲られた骨董の写真をまとめた「Mio」というノートの1ページにその古ぼけた写真は貼られていた。
 アンティーク家具の修復はあくまでも趣味なので、自分の家具が実習教材になる。でも家具なんてよっぽど気に入らないと買えるものではない。お金も場所もくうものだから。そのため「実習をしたくても教材がない」と嘆いていた私に師匠は言った。
 「これを直しましょう」

 その一言が私の人生を大きく狂わせることになった。
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by mobiliantichi | 2008-01-12 08:00 | 古民家修復  

Piacere

Piacere

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 紀伊半島先端の熊野の2008年の初日の出。7時に雲の合間から顔を出した。昨年は太鼓の伴奏があったが、今年の日の出は静かだ。今年は変化の1年になる。


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 初日の出に照らされた家。これがこのブログの主役だ。


 ちょっとくたびれた人間がかなりくたびれた家の修復を始めた。

 いろんなことが起こり、それなりに対処した。

 誰かに見てもらいたくなった。だからブログを始めた。

 ちょっと覗いてみて下さい。
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by mobiliantichi | 2008-01-01 07:15 | 古民家修復