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英雄の騎馬像

 この夏、生まれて初めて熊野を訪れた姪に大好きなあの灯台を見せたくて、兄の家族を本州最南端の先っぽに突き出た大島まで連れていった。すると灯台の手前になにやら立派な騎馬像があるではないか。あんなものいつできたの?
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どうもこれはトルコの初代大統領らしい。そう言えばイスタンブールでは、この顔をいろんな場所で目にした。たしかお札にも印刷されていたはず。地元のガイドはこの大統領はトルコ国民の英雄だ、と言っていた。
 そしてこの像、実は新潟から送られたものらしい。なんでも新潟地震で倒壊して、そのまま放置されていた像を、東京で修復して串本まで運んだというのだ。なぜ新潟にトルコの大統領のこんなに立派な騎馬像があったのか?
d0147727_11432518.jpgd0147727_11435642.jpg 灯台に登って黒潮を眺めた帰り、あまりの暑さにクーラーのきいていそうなトルコ記念館に入ってみた。250円の入館料をけちって、今まで実は入ってみたことが無かったのだ。
 最近、明治の時代にここで沈没したトルコのエルトゥール号の積荷の引き揚げが行われたけれど、残念ながらお宝ザクザクというわけにはいかなかったようで、記念館にはお皿の破片や錆びだらけの銃くらいしかなかった。でも係りの人は、親切に船が沈没した場所を教えてくれた。左の写真の一番上の岩。こんなに陸に近いのに、数百人が亡くなった。でも生き残った人達に、この島の人達が自分の乏しい食糧や衣服を分け与えたことは、トルコでは小学校の教科書で習う有名な話だという。
 1985年、イラン・イラク戦争の最中にテヘランの空港から日本人265人を救出したのは、トルコ航空機だった。それはフセインが航空機はすべて撃ち落とす、と言ったリミットの75分前だったという。後になって元駐日トルコ大使は、「エルトゥールル号の事故における日本人の献身的な救助活動、トルコの人たちは決してそのことを忘れていません。」と言ったという。そして120年前に、地元の人がトルコ人を助けたことへのお礼のために、先日トルコの国家元首がここを訪問したという。和歌山県に国家元首が来たのはそれが初だとか。
 トルコ人は本当に恩を忘れない人なんだね。


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by mobiliantichi | 2010-08-14 11:47 | 熊野自慢  

「アメリカ」で思い出すのは

 アメリカはあまり好きではない。その大きな理由は英語が話せないこと。別に他の言語だって苦手だけれど、数十年習った英語すら話せない、ということを痛感させられるアメリカにはできれば行きたくない。
 今回東京の骨董市で珍しくアメリカのスリップウエアー(レッドウエアーと呼ばれているらしい)を買った。「民藝」の雰囲気が強いお皿。波型の模様の典型的なスリップウエアーもあったけれど、この赤い茶色が気になって。
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 アメリカに出かけたのは3回。一回目は30年前のニューヨーク。その後は10年位前のアトランタとニューオリンズ、それと5年位前のキーウェストとフォートローダーデール。30年前の色あせたマンハッタンの写真の他に、2回目の旅の写真は1枚も無いし、3回目の写真はこれだけ。

 フォートローダーデールは仕事がらみで、ボス以下、沢山の仕事仲間と行った。折角だからとキーウエストまで出かけてレストランで昼食を食べた時のことだった。ボスはお金に綺麗な人で、決して接待は受けず、必ず会計は自分で払った。そのレストランでも、背広の胸ポケットから分厚い封筒を取り出すと、100ドル札の束が出現。短パンにタンクトップのお客ばかりのその店で、紺の背広姿なだけでも十分に人目を惹くのに、自分の命だけではなく、周りの私達の命まで危険にさらす行動に唖然。アメリカで現金をそんなに持ち歩くなんて、何を考えているのか、と聞くとどうしても使いたいお金だという。それなら、使わせてあげようではないか、と親切な部下達は考えて、手っ取り早く使うには、クルーザーをチャーターすればいいいうことになった。
それがこの写真。私の想像した優雅な帆船のクルーズではなく、モーターボートだったし、食べ物は持ち込みのスナック、飲み物は缶ビールという処がちょっとせこかったけれど、男性陣はこんな船が間近で見られて、大満足だったらしい。

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by mobiliantichi | 2010-08-10 19:41 | アンティーク  

都会の鳥

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 大阪の街で出会ったのは、スズメ。スズメは本当に都会のどこでも見かける鳥。
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 東京でもいろんな鳥を見かける。ホテルの庭でも、お台場の外灯やモダンな建物の上にも。

 さて左の写真にはどこに鳥がいるかって?
 なんだか電線に並んだ鳥みたいに見えない?

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by mobiliantichi | 2010-08-06 21:36 | 花と動物  

朝の一番列車で

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 久しぶりに早朝の列車で熊野から東京へ。
 家から駅までは海沿いの道を行こう。
 熊野では朝は海から始まるから。
 これから行く東京と違って、
 気持ちの良い風の吹く夏の朝を
 のんびり堪能しながら歩こう。

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by mobiliantichi | 2010-08-03 21:52 | 熊野自慢  

高所恐怖症になった瞬間

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 高所恐怖症になった瞬間。それはこのすぐあと、スペインのモンセラットでのこと。後ろの岩場の上にある修道院に向かうロープウェーで、真下を見下ろした時だった。それ以来、端っこで下を見下ろしたり、高層ビルを見上げたりすると、背筋がゾクッとしてフラーと気が遠くなる。

数年後に友人と訪れた四国の大歩危、かずら橋で高所恐怖症は重症化した。人気の観光スポットのこの橋は、横2列で並んで渡る。つまり手すりは片側しか掴まれない。その上、沢山の人で不規則に揺れる。途中で引き返したくても、前に進むしかない。そして対岸からは、もう少し小さいかずら橋で帰ってくるしかなかった。死にそうだった。
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d0147727_20305060.jpg 友人達はさらにこの恐ろしい乗り物にも、チャレンジしていたが、もちろん私は眺めて満足。

 不思議なことに、はしごは普通に登れるし、灯台で彼方の海を眺めるのは大好き。でもダムでは手すりには近づけないし、地下鉄のホームでも端を歩けない。最近さらに新たな恐怖症も出現。先端恐怖症である。包丁の先を見ると、目に突き刺さる気がしてしまうのだ。


 恐怖症は突然発症する。だから今の内にできることはやっておかないとね。
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by mobiliantichi | 2010-07-27 21:18 | つぶやき  

 ただ自然に浸るために

この美しい湖を一人占めできるホテルがあった。 
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 10年以上前だから、今でもその時のままなのかは保証できない。でも私が行った時は、日本にもこんなホテルがあるんだ、と思った。それはチミケップホテル。
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 チミケップ湖の周りには、このホテル以外、何もない。近くにはゴルフ場も、テニスコートもスキー場もない。もちろん土産物屋や食堂の並ぶ街もない。ただ鬱蒼とした原生林があるだけ。d0147727_19533630.jpg
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 d0147727_20152294.jpg 女4人、空港からタクシーでホテルに着いたら、従業員は不思議な顔をした。このホテルに滞在する他のお客さんは、皆、車で来て、昼はどこかに観光に行くのだという。昼ごはんもホテル以外に食べる場所はないからと、特別に作ってくれることになった。貸切状態のホテルで、ボートで湖を一周し、サイクリングで鹿に遭遇、その後は一人で原生林のけもの道を歩き、気がついたら湖を一周していた。(友人達や従業員は熊にでも遭ったのではないか、となかなか帰って来ない私を心配したらしい。)そして夕暮れの湖を描いていた友人に、油絵の描き方を習って、人生初の油絵に挑戦した。

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 2度目に滞在した時は、レンタカーを借りてサロマ湖にも足を伸ばした。
 
 猛暑の報道ばかり見ていたら、なぜかこのホテルを思い出した。あの頃のままであるのなら、何もせずにただ湖を眺めるために、行ってみたい。
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by mobiliantichi | 2010-07-21 20:00 | 国内旅行  

日本唯一の飛び地で、よみの外れた1日を

 突然、夏が到来した連休の1日。前々から一度やってみたいと思っていた北山の観光筏下りに行く。これは夏の週末の完全予約制で、人気のあるものなので、数ヶ月前に予約しておいた。当日、集合時間に遅れないように、余裕をたっぷり取って、熊野の家を出発。
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 d0147727_2101594.jpgd0147727_21031100.jpg 海、滝、田んぼにダムを横目に、はじめての山道を対向車が来ないことを祈りながら、ひたすら走る。
 道の駅「おくとろ」に到着したのは集合時間の2時間近く前。温泉もある道の駅という割には、何もない場所。10分で道の駅のお店のひやかしは終わり、残りの時間をどうしよう。あの山道をドライブする気分にはなれないし、食堂の開店までには、まだ30分くらい時間がある。 d0147727_2124750.jpgd0147727_213166.jpg
 川の周りをとにかく散策。それもあっという間に終わる。お腹はまだすいていないけれど、時間つぶしにとにかく食堂に入る。
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そして、一番時間がかかりそうな「地鶏の瓦焼き定食」を注文。しっかり1時間かけて食べる。
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そしてまだ余った時間は、かっぱの像を探して過ごす。
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 筏下りは、かなり濡れるし、荷物を置く場所はない、というので、カメラは持たずに迎えのバスに乗り込む。1時間強の筏下りは、時々水しぶきのかかる急流を行くが、大半は冷たい川の水に足を浸しながら、静かにのんびり景色を見ながらの川下り。デジカメを持ったお客さんもちらほら。カメラ、持ってくればよかった。結局この日のベストショットはこれかな。今この地域ではねむの木が満開です。
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by mobiliantichi | 2010-07-20 21:46 | 熊野自慢  

根津美術館

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 ずっと休館していた根津美術館。新しくなって、今は能装束の展示をしているというので、出かけた。日曜日の青山、人人人は美術館のなかも。
 とても都会のど真ん中にあるとは思えない緑の深い庭。今度はできたら、平日の早い時間に来てみよう。それでも人人かもしれないけれど。
 能装束という展示にもかかわらずなのか、能装束という展示だからなのか、会場には若い人が多かった。ちょっとびっくり。
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 庭には茶室もあるし、cafeもある。
 そして池にはこんな船が浮かんでたりして。

 人が写らないように写真を撮れば、なんだかとても優雅な時間を過ごしてきたみたい。
 ホントは庭歩きも人が列を作っていたし、木の幹には心ない落書きなんかもあったのだけど。

 この場所でこの景色。なにはともあれ、やっぱりお勧めです。

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by mobiliantichi | 2010-07-11 14:30 | 国内旅行  

熊野自慢 その36 「紀の松島」

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 そこは昔からのこの地方の観光地だ。子供の頃、夏休みに父方のいとこ達とも、母方のいとこ達とも遊びに行った場所。日本三景の松島に似ているから、紀の松島と言うのだろうか。この辺りには、紀伊○○とか、南紀○○とかいう地名が多い。紀伊勝浦、南紀白浜などは千葉にある勝浦や白浜よりも、古いと思うのだけど、あちらが先、と思われているようで、ちょっと悔しい。
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 木が生えていたら、島、無かったら岩だ、という違いもここで従兄から習った。枯れた木しかなかったら?

 昔は単なる「らくだ岩」だった場所には、露天風呂ができて、らくだの湯となっていた。
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 熊野に住むようになって、1年と4ヶ月が経ち、その頃以来会っていなかった、いとこ達に会う機会もできた。会っても誰かわからない、いとこもいるし、全く変わらなく見えるいとこもいる。いとこに会うと、同じDNAが少しはあるはずだから、どこか自分に似たところが無いか、探して見たりする。
 実は私、父の親戚には父にそっくり、母を知る人には母にとっても良く似ている、と言われる。先日は大叔母の女学校時代の後輩だった、という91歳の女性に、祖母の妹である大叔母にそっくり、と泣かれた。どうも私の顔は、その人の知っている私の血縁者に似て見えるらしい。それってどこにでも良くある顔、ということなのかも知れない、、、。複雑。

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by mobiliantichi | 2010-07-02 22:38 | 熊野自慢  

父の日はカレーの香り

 今日は父の日らしい。もちろん、いままで父の日に特別に何かしたことはない。でも今年は母の日に母の小学校を紹介したから、やはり公平を記すためには今日は父の小学校を載せないといけないと思った。
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 これが父の通った小学校。もちろん建物は変わっているし、今では近くに中学校がある。父は小学校を卒業すると、この地区を離れて、下宿しながら中学校に通ったという。今でも父の下宿した家は町に残っている。
d0147727_19124196.jpg 私の小学校では、父の日は父親参観日だった。父は「せっかく父の日なのに、ゴルフに行けない」と毎年こぼしていた。父親参観日の学校食のメニューはカレーライス。3日前から、調理室の近くのプレールームには、カレーを煮込む香りが漂っていた。私はニンジン嫌いなので、カレーはあまりうれしくない献立だった。だから「パパは毎週末ゴルフに行ってるくせに、何を文句言ってるのか。私は日曜日にまで、ニンジンを我慢して食べなきゃ行けないのに」と子供心に思っていた。
 父の日の記憶、それはカレーの香り。

 そしてこれは父の山。

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by mobiliantichi | 2010-06-20 19:51 | つぶやき