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明治村 その8 学校 (元こそどろさんのその後)

 歳を取った元こそどろさん。ある夜、目を閉じて、昔を思い出していた。子供のころ、彼は実は優秀だった。小学校ではいつも学級委員長。クラス一おりこうでかわいい女の子と、毎朝日誌を職員室まで取りに行く係り。男子からはひやかされたけれど、まんざらでもなかったっけ。
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 三重県尋常師範学校・蔵持小学校 三重県名張市蔵持 明治21年(1888)年d0147727_11255371.jpgd0147727_11261495.jpg
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 講堂の裏に呼び出されて、なまいきだと袋叩きにされたこともあったけれど。
  千早赤阪小学校講堂 大阪府南河内郡千早赤阪府 明治30年(1897年)頃d0147727_1242198.jpg
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 高校では理系が得意。化学反応に興味を持ち、あやしげな物質を作りだす。そう、ここいらでちょっと道を踏み外したのかもしれない。d0147727_12133259.jpg
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 第四高等学校物理化学教室 石川県金沢市仙石町 明治23年(1890年)d0147727_1133612.jpgd0147727_11334173.jpg
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 いろんなことがあったけど、結局彼の人生は、プラスマイナスゼロのいい人生だったのかもしれない。静かに寝息をたてている元こそどろ爺さんの顔は、皺がちょっと浅くなったようにみえた。
 おしまい。(注:もちろん全くのフィクションです)

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by mobiliantichi | 2009-11-21 12:17 | 国内旅行  

ちょっとづつ ちょっとづつ

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この家具を洗ったのは、いつのことだったか、今年の春にはさらに塗装を落として、また、しばらくそのまま放置。
 ある日、思い出して、ちょっと作業開始。バンダイクなる物を自分で溶かして、塗ってみる。習ったやり方は、忘れてしまったので、適当に。さて、この次にやるのはなんだったかな?まあしばらくはこれでいいとしよう。(師匠の呆れ顔が浮かんではいるのだけど)

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by mobiliantichi | 2009-11-20 21:37 | アンティーク  

明治村 その5 こそどろ関係

 東京で泥棒を働いたこそどろさん。東京駅警備巡査派出所のおまわりさんに捕まらずに京都に逃げた。(東京都千代田区丸の内 大正3年(1914年)頃。)d0147727_21411244.jpgd0147727_21414331.jpg
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 でも、悪いことはできないもので、京都七條巡査派出所(京都市下京区七條 明治45年(1912年))のおまわりさんに捕まった。
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 捕まったこそどろさんは、宮津裁判所法廷で裁かれて、(京都府宮津市本町 明治19年(1886年))
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 金沢監獄中央看守所監房か、(石川県金沢市小立野 明治40年(1907年))
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 前橋監獄雑居房に入れられた。(群馬県前橋市南町 明治21年(1888年))。
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 どっちに入れられても、冬は寒そうだから、明治村でこそどろを働くのは、夏だけをお勧めします。
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by mobiliantichi | 2009-11-17 21:00 | 国内旅行  

ホテルの顔 階段

 雲仙観光ホテルの顔は、やっぱりこの階段。この階段は忘れない、と言って訪れるお客様が多い、とベルボーイが教えてくれた。階段には沢山の椅子が置いてある。ちょっと気になって、チェック。私の趣味ではないけれど。
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d0147727_19332275.jpgd0147727_19334240.jpg 階段の椅子に座って眺めていたら、上高地の帝国ホテルを思い出した。上高地に行ったのは学生時代。女3人で憧れのホテルに1泊。レストランでクレープシュゼットのパフォーマンスを見て、いつかは、誰かとなんて話した。他の2人がそれを実行できたのかは知らないけれど、私はそれ以来上高地には行っていない。
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 平成19年の改修で、新しくできたビリヤードルームと図書室。d0147727_19292634.jpgd0147727_19295051.jpg
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 上高地では翌日3人で野生ザルに遭遇して、追いかけて川にはまって、靴をびしょぬれにした。それから飛騨高山に回って、東京に帰って来た時には、3人合わせて所持金は500円だった。
 上高地にはなくて、雲仙にあるものは、温泉。もう少し歳をとったら、あの時の友人とまた3人で、のんびり温泉旅行に今度は雲仙を訪れたいと思った。
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by mobiliantichi | 2009-10-16 20:14 | 国内旅行  

矢ノ川峠

 母の育った尾鷲。今でこそ熊野から特急列車で30分の隣街だが、50年前に紀勢本線が開通するまでは、2時間半かかって、嶮しい矢ノ川峠をバスが走っていた。熊野や新宮の人間は、お伊勢参りをしようと思うと、このバスに乗り、尾鷲の旅館で一泊してから、列車を乗り継いで伊勢に向かったそうだ。
 母が子供の頃住んでいた家の近くに、広島屋という立派な旅館があった。数年前老朽化したその旅館は取り壊され、駐車場に変わった。しかし、その旅館の分館だった小さな旅館は、駅の近くに今も残っている。
 その旅館に住む、母の従妹を訪ねた。
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 熊野古道を散策に訪れた旅行者が、この旅館の前で写真を撮るという。すっかり近代化された尾鷲の街には、確かに古道を連想させる建物はほとんどない。d0147727_20583718.jpgd0147727_20585940.jpg
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 この急な階段、曲った廊下の段差、鏡、モザイクタイルの洗面台、etc。いちいち感激して写真に収めたくなるのは、私だけではないはず。d0147727_2102663.jpgd0147727_210462.jpg
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 矢ノ川峠(やのことうげ、と読む)はとてつもない道だったらしい。峠の頂上には茶屋があり、バスはそこで休憩した。すれ違いもままならない未舗装の山道。それが熊野と尾鷲を結ぶ唯一の陸路だった。祖母は尾鷲に住む母のため、バスの車掌さんに、よく荷物を頼んだらしい。紀勢本線全線開通50周年記念行事の一方で、峠のバスが廃止されて50年。当時を懐かしむ人たちが本を出版したり、展示を行っている。
 今では通行止めの場所もあるこの道を、車で走ろうとする人もいるらしい。自分で運転するつもりは全くないが、懐かしく峠の話をする母を見ていると、ちょっと見てみたい、そんな気がした。
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by mobiliantichi | 2009-08-28 21:39 | 熊野自慢  

日本民藝館 「西洋家具の美 18世紀の英国を中心に」

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 土曜日、日本民藝館に行ってきた。お目当てはこれ。
 一応、見に行っておかないと、と思っていたら、招待券が当たった、という友人からのうれしいお誘い。
 西館公開日に合わせて、行くことができた。相変わらず私はラッキー。
 開館時間に行ったためか、土曜日だというのに、静かにゆっくり堪能することができた。
 一通り見た後に友人に質問 「どれが一番好き?」私の答えは決まっていた。そして悟った。
 私、18世紀の英国家具はあまり好きではないみたい。なぜなら、私が気に入ったのは、全部スペインの16世紀から17世紀の家具だったのだ。
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 この事実は自分にとって好都合なのかもしれない。なぜなら日本のアンティークショップで見かける家具は、ほとんどが英国で、たまにフランス。ウインザーチェアーが大好きだったら、大変な散財をすることになったはず。

 英国家具は、師匠の店M氏の店にも、もっと魅力的なものがあるように思えた。(あくまでも変わり者の私の好みだが)M氏のブログを見たら、M氏も見に行ったようで、プロの目からみると、やはり違うらしい。
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 旧柳宗悦邸である西館は公開日が月4回しかないため、なかなか行くことができなかった。実際にどんな家で生活していたのか興味があった。思ったより、普通の家だった。住まいとしては京都の河井寛次郎の記念館の方が面白いように思った。しばらく各地の民藝館を廻ってみるのもいいかもしれない。d0147727_20453047.jpg
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by mobiliantichi | 2009-07-19 22:15 | アンティーク  

安易な修復

 廃屋を整理した時、骨董屋さんも持っていかなかった家具があった。この写真の3つ。
 そこの場所にあわせて、多分、大工さんが作っただろう家具。
 曲がっているし、全くいい木を使っている訳でもない。
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 そんな家具は部屋に使ったペンキの残りで、塗っちゃいました。
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 安易な修復。
 でもこんな物が、結構重宝している。ボイラーのカバーなんてトイレのサイズにぴったり。
 満足、満足。
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by mobiliantichi | 2009-07-18 22:07 | 古民家修復  

Che cos'e ? ⑦

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 木目もなんだかはではでしく、黒いしみも、パテ埋めの跡もそのままのこれは?

これでも、一応修復が完了してるのです。
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by mobiliantichi | 2009-06-14 21:01 | アンティーク  

目隠し

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 東京のマンションの周りはマンションだらけ。だから窓の外の景色は、道に面した北側以外は隣のマンション。当然目隠しが必要。でも私、遮光カーテンなんて大嫌い。朝、窓から光が差し込まないと耐えられない。でもレースのカーテンも嫌い。こんな我がままの要求も、なんとか無事に叶えられている。
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 それは模様ガラスの2重窓とリネンのカーテン。そのおかげで、夏は5時前、冬でも6時半ころには、ちゃんと目覚ましなしで起きてこれた。
 そして私は眠れないという夜を、今までほとんど経験した事がない。これが私の唯一の健康法。朝日をあびて、目覚める事。
 100まで生きそう、よくそういわれる。
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by mobiliantichi | 2009-06-13 22:08 | インテリア  

取っ手の気がかり

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 食堂の食器棚は、珍しく師匠の店で購入したもの。いつか自分で修復したらいい、なんて言われて修復前の状態で、熊野に届けられた。まあ見た目問題ないし、使えるし、、、。ということで、怠け者の私はずっとそのまま使っていた。
 この棚の取っ手はアールヌーボーっぽい変わった造り。
 その取っ手が、ある日ついに、ぽろっと取れた。
 まずは取っ手の台座を引き出しから外そうと考えて、マイナスドライバーでねじをぐるぐる。外れない、、、。錆止めをちょっと塗ってやってみても、全く動かないねじが2つ。

d0147727_2058117.jpg 困った時は師匠に連絡。結局、引出しごと師匠にお渡しすることとなった。
 そしてしばらくして修復終了。どうも今回とれた取っ手は、過去にも修復されていたようで、他の物と違って、弱くなっていたらしい。新しい台座は師匠の手作り。本当は酸化させる薬剤で、黒くするはずだったのが、最近は危険な薬剤はなかなか手に入らなくなったそうで、自然に黒ずむのを待つことになった。

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 修復から半年たって、今の状態はちょっと気がかり。他の取っ手は持ち手が台座に対して90度まで回転するのだが、直した取っ手は錆のためか、垂れ下った状態。引っ張ると台座との接合部に隙間ができる。
 今この引出しには軽いリネンを入れて、気を付けて引き出している。

 「師匠に連絡」が近々ありそうな、そんな予感がする。
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by mobiliantichi | 2009-06-03 21:52 | アンティーク