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銀ブラと女子会

d0147727_21333756.jpg 銀座ミキモトのツリー。
 12月初旬、とある使命をおびて、銀ブラ。
 ひかりもの、ブランド品に疎い身ながら、銀座の有名宝飾店を梯子。
 そこでは、びっくりすることばかり。
 日本は本当に不況なのだろうか?若いカップルが見せて貰っているジュエリーは、私の基準からはお値段が少なくとも一ケタは逸脱している。
 お店の中に、2人掛けのソファーとテーブルが置かれている店では、お客さまの前には、ロゼ色の液体の入ったワイングラス。酔わせて買わせる魂胆かい?
いかにもヒヤカシとわかる私には、店員も寄り付かない。

 実は私の使命というのは、姪っ子の成人祝いのゴールドのシンプルなチェーン探し。センスの要求されるジュエリーは荷が重いので、お祝いは、ごくごくシンプルな物にさせてもらった。
結局、銀座の端っこの田中貴金属まで行って使命完了。

 その後、大学時代の同級生8人の女子会へ。「この時期に、ただでさえ高くなっている金を買うなんて!金は、クリスマスが終わってから買うものよ」そうなんですね。知りませんでした。まあ金とはいっても、金の延べ棒を買ったわけではありませんから、、、。
 「女子会」今年の流行語だそうですが、何が新しいのでしょう。学生の頃から、いつも私達は女子会ばかり。その結果?が、今回参加した8人中5人が一人者。言いたいことを遠慮なく言い合う女子会、店が閉店になるまで、盛り上がりました。お決まりのセリフはいくつになっても「みんな変わってないね」です。
 
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by mobiliantichi | 2010-12-23 22:05 | つぶやき  

祖母の記憶

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 父方の祖母は、腰が曲がって眼鏡をかけた小さな女性だった。夏休み中ずっと熊野の母の実家で過ごしていても、山奥に住む父方の祖父母に会いに行くことは滅多になかった。祖母には15人の孫がいて、みな名前で呼んでいたのだが、東京っ子の私と兄だけは、ちゃんづけで呼ばれてた。
 人見知りの激しかった私には、祖母と話をした記憶がない。

 これは祖母の手作りのプレゼント。唯一の思い出の品だ。
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 最後に祖母に会ったのは、彼女のお葬式の日だった。その日は山奥の家に親戚が沢山集まって、子供達は厩の2階に寝た。お葬式が始まる前、叔母に「おばあちゃんに会うかい?」と聞かれた。おばあちゃんは死んでしまったのに、と言いかけた私は衝撃の体験をした。大きな木の桶の蓋を開けて、叔母が会わせてくれたのは、足を折って座っている祖母だった。
 その村には焼き場が無く、祖母は土葬にされた。白い△をおでこにつけた伯父達が桶を担ぐ場面とともに、忘れられない記憶となった。

 今でも土葬が一般的だというアメリカの怖い話を。
 土葬されたお墓は、数か月すると遺体が土に戻って、体積が減って陥没するので、土を盛りなおすのが普通らしい。それが最近では時間が経っても、陥没しないケースが増えたという。遺体が腐らない。食品添加物、防腐剤入りの食品を食べ続けたためではないか、と言われているらしい。
 その話を聞いてから、私は冷凍食品やコンビニおにぎりなどはなるべく食べないようになった。もし土葬にされたとしても、私はいつかは土に還りたい。
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by mobiliantichi | 2010-12-17 19:49 | つぶやき  

速玉大社とペアルック

 実は、速玉大社はあまりにはではでしくて、いままであまり好きではなかったのです。
 でもでも、素敵な「連れ」と一緒だと、なんだかとってもいいんです。
 はで、ではなくて、ポップなんです。神社なのに、うきうきしてしまうんです。
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 遠路はるばる熊野に来て下さった、chamekoさん、きゃおきゃおさん。仕事の都合で、一日しかご案内できませんでしたが、少しでも熊野を好きになっていただきたくて。晴れ女のわたくし、力いっぱいがんばって、前日の雨を吹き飛ばしました。
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 うきうきついでに、なんとか自分と速玉大社を一緒にカメラにおさめたくて、こんなことしてしまいました。
 だって、chamekoさんが下さったこのセーター、速玉大社とお揃いなんです!
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 なんとこれは、数十年前にchamekoさんが、イタリア語の編み物の本を読破して、編み方を習得し、さらにどこもはがずにセーターになるように改良して編み出したchamekoオリジナルのセーターなんです。
 家に帰っても、手を伸ばしたり、鏡を使ったりしてセルフポートレイト。母には取り扱い説明書を読まなきゃだめじゃない!と怒る私ですが、自分は全く読まずに最低限の機能で満足しています。でもせめてセルフタイマーのやり方ぐらい読んどかないといけませんね。反省。

 着心地満点の暖かいセーターのおかげで、今年の冬はぬくぬくです。
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by mobiliantichi | 2010-11-29 19:34 | 熊野自慢  

思い出の甘味 その5: ROZA

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 この街に来ると、確かめずにはいられない。
 まだROZAがあるかどうか。
 まだあのロシア風のチョコがあるかどうか。
 まだあの双子のシューがあるかどうか。
 
 あった!!
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 お店は開いているのだけれど、どなたもいない。写真を撮っていると、外から上品な老齢のマダムが戻っていらした。「まあごめんなさい。お待ちになったかしら。ちょっと外が騒がしかったものだから。」さてここで慌てず、この街での会話モードに変身。「今来たところです。懐かしくて、ケーキもチョコレートも。子供の頃よくケーキを友人の家でいただいたんです。学校が近かったもので。この街もずいぶん変わりましたね。」マダム「私でも駅の前の道は知らないお店ばかりになって。うちは全く変わっておりませんのよ。チョコもケーキも昔のままで。お住まいはどちら?現金書留をお送りして、配送もやっておりますよ。夏場ならチョコレートには氷をお入れして。」
 高校1年の頃、一番仲の良かった友人はシモーヌと呼ばれていた。学校帰り、ROZAの前を通ってよくシモーヌの家に遊びに行った。学校帰りに寄っていいのは本屋だけだったので、ROZAでシューを買うことはできなかった。でもシモーヌの家に着くと、ちゃんとROZAのケーキが出てきた。当時でもROZAのケーキはクラシカルだった。シモーヌはそこがいい、と言っていた。
 
 もちろんチョコとシューを買って、シューは駅前のベンチで食べてみよう。
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d0147727_2032972.jpgd0147727_2034870.jpg  85歳位ではないかと思われるマダムは何度もレジと格闘して、20円おまけしてくれた。そして、シューを食べてみる。きっとマダムのご主人はさらに年上の方にちがいない、そんな気がした。
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 チョコは熊野に持ち帰ってきた。この包装紙、全く変わっていない。文字はロシア語。子供だったからか、ウイスキーボンボンは記憶にないけど。他の包装紙はたぶんどこかにとってあるはず。いつか探し出して、比べてみよう。
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d0147727_20154548.jpgd0147727_2016422.jpg マダムは最後にこう言われた。「まあ、楽しくて、すっかりおしゃべりしてしまったわ。またお越しくださいね。今度いらした時には、わたくしは消えてしまっているかもしれませんけれど。」「いつおうかがいできるか解りませんが、お元気で」そう言って私はROZAを後にした。
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d0147727_2017512.jpgd0147727_2018490.jpg 私が12年間学校に通ったこの街は、すっかり様変わりしてしまった。広い庭に古い洋館、そんなお屋敷は一つもない。街路樹の銀杏だけが、シモーヌと私の冒険を知っている。
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 チョコはちっとも変っていなかった。ロシアが憧れの地だった時代の味なのかもしれない。
 ROZAはずっとROZAのまま。
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by mobiliantichi | 2010-11-03 21:44 | 食べ物  

家がつないでくれたもの

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 奈良県下北山村に85年前に送られた、青い目の人形を囲んでの記念写真。
 日米親善のために奈良県には144体の人形が贈られたそうだ。
 和服姿の子供達の中に、一人おかっぱ頭で洋服の女の子がいる。
 どうもその子は私の祖父の従妹らしいという。

 熊野の家を修復して良かったと思うのは、疎遠だったり存在さえ知らなかった親戚と出会えること。

 ある晴れた日曜日。鳥取からわざわざ西村医院を目指していらした、親戚のご家族と初対面。
 曽祖父の妹のお孫さんという。と言う事は母のまた従妹?
 
 その方は、昔、この家の写った写真を見られたことがあり、わざわざ探しにいらしたという。
 お話をするうちに、どうもお隣の家がその方のおばあさんの家ではないか、と気がついた。
 母から、曽祖父の妹はお隣で薬局と旅館をやっていた、と聞いたことがあったのだ。
 我が家に残った写真も探してみる、とお約束しながら、そのままにしていたら、
 先日、この写真が送られてきた。貴重なお写真、ありがとうございます。

 家の記憶。それは実際にそこに住んだ人達だけのものではない。
 その家で暮らした思い出を聞かされた、そんな人たちにとっても大切な宝物になりうる。
 
 この家を修復してよかった。
 家がつないでくれたもの。大切にしたい。
 自分好みに改修してしまった者としては、せめて人の集まる場所にしたい。
 鳥取の皆様、ぜひ今度はゆっくりと、遊びにいらしてください。
 お隣さんにも、家を見せていただけるよう、手配しておきますから。

 

 
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by mobiliantichi | 2010-11-02 07:44 | 古民家修復  

こんな声のはずでは、、、、。

 N君の講演会は無事に終わって、反響もちらほら。
 ケーブルテレビが取材に来ていたので、地元テレビにはN君のアップだけではなくて、私の横顔もちょっと登場。友人が録画してくれたそのニュースをチェックすると、、、。
 忘れていた、私の声。
 35年位ぶりに、耳から自分の声を聞いた。
小学校の謝恩会の創作音楽劇で言った、村の男B役のセリフ「ばかなこと言うんじゃないよ」がカセットテープに録音されていたのを聞いて以来。
 
 自分が普段聞いている声はちゃんとした声なのですが、、、、、。
 人が聞いている私の声は、いかにも鼻が悪そうなこもった声。
 子供の頃に比べて、鼻炎は良くなったはずなのに、声は昔のまま。
 こんなはずでは、、、、。
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 N君、滞在は短かったけれど、熊野をちょっと紹介できて、今度は家族と遊びに来る、と約束して帰っていった。
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by mobiliantichi | 2010-10-27 22:10 | 熊野自慢  

胡桃

 北軽井沢にあった寂れた別荘村で拾った胡桃は、心臓の形みたい。
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 今朝、いい夢をみた。夢じゃなかったら、もっと良かったのだけれど。
 一生懸命にその夢を忘れないように、記憶したつもりだったのだけど、
 夜になったら、詳細はすっかり忘れた。
 でも今日はその夢のおかげで、いい一日だった。
 いつもよりちょっと余計に働いて、
 帰りにはちょっと寄り道して、初の一人イタリアン。
 家に戻ると、ちょっと金づちを振って修復。
 そして一日の最後にちょっと勇気をだしてみる。
 それは 世界で一番優しい人とのおしゃべり。
 
 幸せな気持ちで今日を終えられたら、
 明日から、またがんばれそうな気がする。
 またたぶん一つ、歳をとりました。

 
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by mobiliantichi | 2010-10-25 22:40 | つぶやき  

ブックカバー

 久々の革細工。今回は革を切って、縫って、ブックカバーを作る。
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 体験教室は土日に不定期に行われる。電話で予約して行くと、いつも違った生徒さんと一緒になる。不思議なことにこの教室、生徒さんはだいたい私と同年齢の女性。何人かのグループで来られる方が多く、おしゃべりを楽しみながらの作業となる。今回は3人組の女性。そして、若い男性の先生は新婚ほやほや。格好の餌食。一人作業をする私も耳はダンボ。先生がいつ、どこで奥様と知り合って、、etc。
 収穫の多い体験教室だった。
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by mobiliantichi | 2010-10-22 19:02 | 手工芸  

気配りのN君

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 雨の暗い朝に思い出すのは、先日行われたMボスのお別れ会。司会進行役の同期のN君は今まですでに、歴代のボスの就任、退職のpartyなどの司会を経験し、お別れ会も2回目。
 ボスの写真の下には、あった!巴町砂場のもりそばに焼き海苔、たまご焼き。定休日にも関わらず、N君のお願いにひとり分だけお蕎麦を打ってくれたという。
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 Mボス、お箸をたてて、最後の一本までお蕎麦をかっこよく召し上がってください。

 そういえばMボスと働いていたころ、N君は片肺ですぐ息切れするボスのために、常にポカリを準備していたっけ。


 昨年のKボスのお別れ会の時には、青色の大好きだったボスのために献花台を新橋色で飾ったN君。新橋色とは新橋芸者が好んだ着物の色。生前Kボスが開催した会では、新橋芸者からお借りした鮮やかな青色の着物が飾られ、おえらいさん達の2次会には新橋の由緒ある一見さんお断りの料亭が手配された。もちろん芸者さんも。そんな手配もそういえば全部N君がやったんだった。同期の私は2次会の受付に駆り出されて、まかないの牛丼を別室でいただき、ふすまの隙間から、芸者さんの踊りを覗き見ることができた。

 そんな気の利くN君。今回のお別れ会でも同期の仲間で、司会の彼のところに労をねぎらいに行く。かける言葉は「司会進行役が完璧だね、本業よりも。辞められないね。」「気配りもさすがだよね。これを仕事にしたら?」

 実は来週には熊野にN君を招いて、講演会を予定している。その時には、私、気配りは遠くおよびませんが、司会をやらせていただきますね。
 ところで、N君。君の好きな物って、なんだっけ?わからないから、私の好きなさば寿司の店で我慢してください。もし光物食べれなかったら、ラーメンもあるから。私の気配りはこんな程度。
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by mobiliantichi | 2010-10-10 08:29 | つぶやき  

対洋閣

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 戦前、熊野のこの辺りには、しゃれた洋館が点在していたという。今ではほとんど残っていないが、我が家を見て懐かしく当時を思い出し、資料をくださる方がいる。
 これはオバタケの別荘と呼ばれていた、西村伊作設計の白亜の洋館の昭和10年頃の写真。
 館はのちに「ホテル対洋閣」「ホテル観海荘」として地元の名所となっていたが、昭和38年冬にホテルの下の製材所から出火した火事により全焼したという。
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 ヴォーリズの建築と違って、ほとんど残っていない西村伊作の建築。最近、御茶ノ水の蔦の絡まる、雰囲気のある文化学園が取り壊されたのも残念だったが、新宮の西村伊作記念館も取り壊しの話があるようだ。保存活動のため、東京の有名建築家A氏の講演会が開かれたりしたけれど、どうなることやら。

 西村伊作は生き方も、見た目もなかなか魅力的。漫画家のおかげで、観光客が押しかけているというあの街のように、テレビドラマのモデルにでもなったら、観光収入はアップして、記念館の修復資金も貯まるのではないか。新宮の著名人といったら、佐藤春夫だそうだけれど、いまどきの人にはちょっと知名度が低いのでは。徴兵逃れで海外に渡ったり、子供が小学校に行くのに、いい学校がないからといって学校を作ってしまったり、ガソリンスタンドなんて無い時代に、熊野からバイクで東京に行こうとしたり、破天荒な西村伊作で町おこし、いいと思うのだけれどなあ。

 
 
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by mobiliantichi | 2010-10-04 08:28 | 熊野自慢