曽祖父「徳太郎」

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曽祖父の徳太郎が奈良県の山深い下北山村で最初に開いた診療所を離れ、新たな病院建設に乗り出した理由は判らない。選んだ場所は海に近い熊野市羽市木。時代は大正の中ごろ。奈良から大工を呼び寄せ、純日本家屋の母屋の前に洋風の病院を作った。病院の横には2階建ての入院病棟、薬局、旅館が建てられた。
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 病院の完成はきっととても嬉しく誇らしかったに違いない。今回の修復で廃墟の病院から2枚の絵葉書が見つかった。全景を写した写真は山の上から撮ったものだろう。

 徳太郎にはあったことはない。母によると個性的な強い人だったそうだ。ひ孫が自分の病院を好き勝手に手直ししてしまったことを果たして喜んでいるのだろうか?でもなんだか肩の上から覗き込むように見守ってくれている気がする。

    朽ち果てるのを待つよりはよかったでしょ。ひいおじいちゃん。
 
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# by mobiliantichi | 2008-01-16 23:27 | 古民家修復  

始まりは1枚の写真から

 数年前に祖父の妹が一人老人ホームで亡くなった。子供のいなかった彼女は遺産を自分の育った家の修繕に、と姪である私の叔母に託した。叔母はぼろぼろの廃墟だった牛小屋と病棟を壊した。そのとき発見された古い写真を私はこっそり持ち帰った。その写真に写っていたのは廃屋のまま30年間放置されている曽祖父の建てた病院の昔の姿だった。

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 アンティーク家具の修復を始めた私は、ある日その写真を修復の師匠に見せた。
それは偶然の出来事。今まで買ったアンティーク雑貨や祖母から譲られた骨董の写真をまとめた「Mio」というノートの1ページにその古ぼけた写真は貼られていた。
 アンティーク家具の修復はあくまでも趣味なので、自分の家具が実習教材になる。でも家具なんてよっぽど気に入らないと買えるものではない。お金も場所もくうものだから。そのため「実習をしたくても教材がない」と嘆いていた私に師匠は言った。
 「これを直しましょう」

 その一言が私の人生を大きく狂わせることになった。
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# by mobiliantichi | 2008-01-12 08:00 | 古民家修復  

Piacere

Piacere

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 紀伊半島先端の熊野の2008年の初日の出。7時に雲の合間から顔を出した。昨年は太鼓の伴奏があったが、今年の日の出は静かだ。今年は変化の1年になる。


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 初日の出に照らされた家。これがこのブログの主役だ。


 ちょっとくたびれた人間がかなりくたびれた家の修復を始めた。

 いろんなことが起こり、それなりに対処した。

 誰かに見てもらいたくなった。だからブログを始めた。

 ちょっと覗いてみて下さい。
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# by mobiliantichi | 2008-01-01 07:15 | 古民家修復