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鎌倉文学館

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 折角、由比ヶ浜に来たのだから、昭和11年に建てられた旧前田侯爵別邸「鎌倉文学館」に行ってみよう。
 内部の撮影は禁止されているので、エントランス部分で沢山の写真を撮ってから、中に入った。そして展示品には興味を示さず、アールデコの照明やらステンドグラスやらを見て歩いた。
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 とっても広い庭をわかってもらいたくて、建物から遠ざかっては写真を撮ってみる。ここは高台で、振り返れば眼下には街並みの先に海が見える。
 そして庭の端には、先ほど来た坂道に続く門があった。門の処からでは建物は全く見えない。そしてこの門の並び、坂道の始まり近くに、もうひとつ御屋敷があった。表札は「前田」やっぱりここには加賀100万石のお殿様のゆかりの方が、今でもお住まいなのだろうか。
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 お金持ちの世界を垣間見た後は、ぐっと庶民的に。古い物を生かした鯛焼き屋さんで一休みして、地図を見直してOLTREVINOへと向かう。途中、今度はしゃれた牛乳屋さん。鎌倉の路地には、まだまだ古い建物が生きているようだ。
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by mobiliantichi | 2010-03-31 20:24 | 国内旅行  

OLTREVINO の 器 

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 桜の咲き始めた鎌倉から、江ノ電に乗って由比ヶ浜へ。
 それは、どうしても行きたいお店があったから。
 OLTREVINO
 イタリアからコンテナで運んだ沢山の物が、お店に並んでいた。
 床がいい。テーブル、カウンター、棚、あーーみんな欲しい。
 イタリアワインやイタリアの食材やお惣菜のお店なのだが、置いてある器や家具も売り物だという。もちろんワインやチーズやオリーブにフォカッチャも買ったけれど、私の本当の目当てはこれ。
  

土色のこの3つは、、、、
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by mobiliantichi | 2010-03-30 20:57 | アンティーク  

豆と雑穀

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 最近ちょっと凝っているのは、豆と雑穀。おそろいのガラス瓶に詰め替えて薬棚に並べると、なんだかとっても料理上手の人の台所のように見える。実は、和食の煮豆があまり好きではなく、大豆の臭いも苦手で豆腐は何とか食べれるようになった今でも、豆乳は避けている私。それがイタリアで色々な豆料理を食べてから、俄然豆好きに。そして大豆も食べれるようになった。d0147727_8104052.jpgd0147727_8105236.jpg
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 それに雑穀。元々、ご飯よりはパン党で、白米にこだわりはなかった。mangetsuさんの所で玄米を購入して食べ始めてから、黒米、赤米、稗、粟、麦と色々混ぜて試している。最初はスープダイエットの最終日メニューに「スープと玄米と野菜なら満腹になるまでOK」とあったからなのだが、実際玄米だといくらでも食べられてしまって、いつもダイエットは失敗に終わっている。

 食生活にも配慮しないといけないメタボ世代の私。マクロビの料理教室に行っている友人の話を聞くと、自分にはとてもそんな面倒くさくて窮屈な食事は取れそうに無いと思うので、豆と雑穀でちょっとマクロビの気分を味わってよしとしている。

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by mobiliantichi | 2010-03-29 08:50 | 食べ物  

卒業アルバム

d0147727_19444462.jpg 私には卒業アルバムが2冊しかない。一環教育の学校の場合、どこでもそうなのか知らないが、私の母校では幼稚園から高校までで1冊。個人の顔写真の他、日々の写真では2年間の幼稚園が、その後の6年間の小学校や3年の中学、高校と同じ位のページになっていて、小学校からの私達は不公平と思ったものだった。(女子高生は些細なことに文句をいうもの)そのアルバムに、私は一人で写った写真が載っている。スキャナーで取り込んだら、ちょうど上の方がぼけたので、ここで紹介。たしか小学校の社会科見学で築地市場に言った時の写真。アルバム編集委員だった友人に「このショットは○○じ(私のあだ名)のすべてを表している」と評されたもの。凍った巨大鮪を前にちょっと腰が引けてる私、確かに、、、、。

d0147727_19442350.jpg  この建物は、私達が高校を卒業する頃に取り壊された旧校舎。広い階段には高い窓があって、階段の踊り場からその窓を通して見る高い空が、私は好きだった。木造の旧校舎はその頃すでにほとんどが無くなっていたのだが、ここは一部を音楽室として使っていた。リコーダーの練習は皆ベランダに出てやっていたのだが、近くに見える釣堀にいる釣り人に「おじさん!つれるーー?」なんて声かけて怒られてる子もいたっけ。普段は目立たない私も、なぜか高校の音楽教師には完全にマークされていた。それは授業の始めに先生のピアノ伴奏で行う発声練習で、私が必ずあくびをする事と、私が学年で3人しかいない、物理Ⅱを選択してる生徒だったことが原因かもしれない。当時、物理の先生と音楽の先生のロマンスは、生徒達の格好の教師からかいネタだったのだ。


 もう一冊のアルバムは、卒後10年たってから届いた大学の卒業アルバム。卒業前に預けた写真だけでも戻ってくればいい、と半ば諦めていたアルバムは、有志の力で、卒業時に払った代金だけで、白黒の予定がカラー印刷となって配られた。
 
 3月になると、この2冊のアルバムを取り出して眺めたくなる。
 そして、懐かしいあの頃の友人に会いたくなる。

 そうそう、音楽と物理の先生はその後結婚して、定年退職後は沖縄で優雅に暮らしているらしい。それならキューピット役の私達を南の島に招いてくれてもよさそうなのだが、、、、。
 
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by mobiliantichi | 2010-03-28 21:07 | つぶやき  

古い硝子が好き

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 晴れの日は撮影会。古いガラス窓から差し込む光は、どうやったら綺麗に撮れるのだろう。
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 透明なガラスにしか見えないのに、光はこんなに個性的だ。
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 海側の窓を木製サッシに変えた時、取り外した窓のガラスはできる限り窓から外してもらって、保管してある。いつかこれで何か作ってみたいので、ガラス工芸も学ばなきゃ。熊野にいると、やることは沢山ある。

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by mobiliantichi | 2010-03-26 07:36 | 古民家修復  

季節外れですが。

 先日母屋に泊った従妹が言った。夜、母屋の誰もいない2階の部屋から足音がしたと。そこは亡くなった叔父の勉強部屋だったところ。

 東京の自宅では小学生になると子供部屋で一人で寝ていた。寝る前の儀式は十字架の形になって、眼をつぶって10まで数えること。これで怖い夢は見ないはずだった。でも私の夢は変にリアルだった。
 暑い夏の夜、窓を開けて寝たら宇宙人が来た。私の枕元に立った宇宙人は100cmくらいの身長で黄色に光って「北のほうから来た」と駄洒落?を言った。私は見ると信じないといけないと思って必死で堅く目をつぶるが黄色の点滅が見えてしまう。それから窓を開けて寝たことはない。
 死神に遭遇した時のこと。なぜか息苦しくてベッドの上で眼を開けると、私の上に黒いマントを着た死神が馬乗りになり、大きな鎌を振り下ろしている。ああこれが死ぬということなのか、と思った。その時死神の肩越しに部屋の壁に飾ってあったウサギの絵をみつけ、あんなとこに絵があったっけ、と変に冷静に思った。翌朝私は生きていた。そしてウサギの絵はそこにあった。
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 夏休み田舎で1ヶ月過ごした一番の理由は大自然を満喫したかったわけではなく、12畳の部屋でおばあちゃんが一緒に寝てくれることだった。雪見障子から見えるがいかにもお化けが漂っていそうであっても、襖絵にお化けの影が映りそうであっても、隣には身長165cmで豪快で孫にはとっても優しいおばあちゃんがいてくれる。ぐっすり眠れた。
 廃屋の修復を始めてから、私はいつも母屋に一人で泊っていた。東京から来た大工さんを母屋に泊めた時、「よくここで一人寝れますね。」と言われたけど、ここなら私の隣にはいつもおばあちゃんがいるのである。
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by mobiliantichi | 2010-03-25 21:10 | 熊野自慢  

上を向いて歩こう

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 ちょっと落ち込んだ時の、私のとっておき。
 
 数日前から、今日が来るのが嫌だった。朝から天気はどんより曇って、先が見えない。幸い、普段は決して見ないテレビの星占いがたまたま目に入ったら、今日は最高の運勢だという。もしかしたら、なんとかなるかもしれない。
 今日のように最悪の予想を立てて臨んだ場合の方が、落ち込みは少なくて済むはず。想定外の事態で頭から足先まで血液がサーと引いていく感覚は、寿命をどんどん縮める気がする。

 なんとか乗り切って帰ってきて、ブログを書いたら、接続の問題で全部消えた。まあこんなことぐらいで済んで良かった。でももう一度同じ物を書く気分にはなれず、今日はこんなところで。

 明日からまた胸を張って、上を向いて行こう。残念ながら明日も青空は望めないようだけれど。

 
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by mobiliantichi | 2010-03-24 21:02 | つぶやき  

名古屋でぶらり

 週末、仕事で名古屋に一泊した。名古屋は熊野から東京に向かう時に、いつも通り過ぎるだけで、ほとんど知らない街。何となく名古屋に対しては理由なき偏見があって、私にはわざわざ観光や買い物に行きたいとは思えない街で、名古屋名物の食事も今一つそそられなかった。今回は3時間位暇な時間があったので、アンティークショップに行ってみることにした。名古屋駅から地下鉄に乗って吹上という駅まで行く。地下鉄は東京の地下鉄とあまり変わらなくて、ちょっとほっとした。駅から歩いて5分位の処に倉庫のような店があった。照明は消えていて家具にはカバーがかかっていたから、もしかしたらお休みなのか、と恐る恐る声をかけたら、奥から店員さんが現れて電気を付けてくれた。
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このごちゃごちゃ状態に、海外の蚤の市に行ったような気分になる。どこかでお宝が私に見出して貰うのをまっているのではないか、なんて考えたりして。店員さんも全く近寄ってこないので、電気はついても暗い店内をゆっくり2周した。d0147727_18524063.jpgd0147727_1853147.jpg
そしてちょっと気になったのがこの木製のゲート。白と濃紺のペンキがべっとりと塗られている。一応店員さんにサイズを測って貰ったけれど、やっぱり下の方は結構木が傷んでいるから、熊野の大量の雨ではすぐに崩壊するかと購入は断念。
 このお店、ヨーロッパの物も、アジアの物も、現代のモロッコのタイルも扱うなんでも屋のようだった。結局なにも買わずに、お昼は近くのcafeでパスタを食べて仕事に向かった。

 その晩の宿はキャッスルホテルだったのだが、私の部屋は名古屋城の反対側で、翌朝、朝食の会場からも黄砂のためかお堀の石垣しか見えず、名古屋に来たのにエビフリャーも味噌煮込みもきしめんも食べず、金の鯱鉾も拝めず一番の紀勢線で熊野に戻って来た。
 また当分は通り過ぎるだけになりそうな予感。どなたか名古屋のこれ、というお勧めがあったら教えてください、、、。
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by mobiliantichi | 2010-03-23 19:38 | アンティーク  

家具洗濯日和

 朝から気持ちがいい快晴の熊野。庭には花が咲き、小鳥も鳴いている。今日は久々の洗濯日和ということで、頂き物の桐の箪笥、やっと洗ってみた。
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一つずつ引き出しを取り出して、洗剤を付けてタワシでごしごし水洗い。そして陰干し。結構汚れていてびっくり。明日は右腕は筋肉痛だろう。最後はもう力が無くなってきて、汚れが落ちない。d0147727_19403570.jpg
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 引き出しにはちゃんと番号が付いているから、入れ間違いはない。滑りが良くなるように、ワックスを引き出しの裏にも塗る。飛び出した釘は叩いたり、抜いたり。元は木の釘だったようだが、金属の釘やら針金みたいなものも発見。構造上にも色々問題はありそうだけれど、今回は洗っただけで終了。しばらくはこのまま洋服箪笥として使うつもり。
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 実はこの箪笥はパーツが足りないらしい。写真を師匠に見せたら、引き出しは4つのはずがない、と言われた。本来ならもう1セット一番底の部分があるはずというのだ。確かに、足のような台のようなものが付いた引き出しがありそうではある。でも何しろお隣さんにいただいた物だから、残りのパーツも下さいなんて私にはとても言えない、、。
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by mobiliantichi | 2010-03-22 20:07 | アンティーク  

お祈りの絨毯

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 私の絨毯コレクションは基本的には、大好きな青系統か臙脂系統のものが多い。でも一番使いやすいのは、実はこの1枚だ。茶色のみの絨毯は実は珍しいと言われた。確かに、ありそうだけど見かけない。そしてこれは杉板の床にも、アンティークの家具にも違和感なく溶け込むようで、お気に入りの1枚になった。
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 この絨毯はメッカの方に向かって、模様が凸の形になるように敷いて、その上でお祈りもするためのもの。モロッコに行った時、空港の待ち会いでもこういう絨毯を敷いて祈っていた人がいた。
 残念ながら、イスラム教のことは全く無知なので、どちらがメッカの方角なのかわからないから、熊野では方角は気にせず敷いてしまっている。
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by mobiliantichi | 2010-03-21 21:11 | アンティーク