カテゴリ:古民家修復( 130 )

 

廊下の思い出

 廃屋に入った師匠は真直ぐに延びる廊下が気に入り、この修復に価値を見出したらしい。
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 私にとってはこの廊下は夏休みの思い出の場所。私と兄は毎年夏休みは1ヶ月間熊野の祖父母の家に預けられた。東京育ちの私たちには熊野での生活は冒険の連続。
 
 祖父は無口な明治の男だった。ちょび髭に丸眼鏡。ふんどしでお尻には大きなこぶがあった。そして孫達の前で全く恥ずかしがることもなく、お尻をさらした。私は「おじいちゃんは昔の人間だからお尻にはしっぽが生えていたんだ」と信じていた。サルからの進化の過程である。そんな祖父の仕事場はにはきっとオバケも沢山いるに違いない。夏の夜といえばキモ試し。兄と二人で母屋から病院に通じる廊下をドキドキ歩く。その当時でさえ、廊下は歩くときゅんきゅん鳴いた。病院に入るとすぐ左手に標本棚がある。そこには大きなガラス瓶にホルマリン漬けの標本がずらり。曽祖父は産科もやっていたので胎児の標本も。とにかく左上を見ないように腰をかがめてそこを突っ切る。その先にある祖父の耳鼻科診察室には今度はグロテスクな耳の立体模型が。ここは兄の丸まった背中を見ながら駆け抜けた廊下だ。
 
今回の修復の始めにまず締め切った病院の間取りを師匠に説明した。母屋からつながる渡り廊下、その先の標本棚、廊下、祖父の診察室、その位置関係だけは鮮明に記憶していた、はずだったから自信を持って見取り図を描いた。しかし封印を解いて中に入ったら全くのでたらめだった。人の記憶は本当に当てにならない。

 ホルマリン漬けの標本は祖父が亡くなるとすぐに祖母が畑に穴を掘って全部埋めてしまった。昭和50年頃のことである。そして数日後に野良犬が標本を掘り起こし、警察沙汰になった。警察が標本をどう処理したかは誰も知らない。
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壁はペンキを塗り、床は洗剤でモップがけをした廊下には明るい照明が似合う。
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by mobiliantichi | 2008-02-06 22:27 | 古民家修復  

シロアリおそるべし

 庭木の伐採で足場が作れるようになったので、とにかくこれ以上崩壊しないように屋根の修復をすることになった。その先どうするかはまたそこで考えよう、と両親と見解が一致。家族そろって長期間の綿密な計画性のない行き当たりばったりの性格である。
瓦をはがして土を下ろすとシロアリに食い荒らされた骨組みが。寒い地方のシロアリは屋根まで這い上がることは無いそうだが、南国のシロアリおそるべし。
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屋根を軽くするために土なしでもいいように瓦は新しくして防水シートを入れる。
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瓦の色は臙脂がかった茶色。自分としてはかなり気に入っている。
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屋根から下ろした土を使って土間を作り、中には模様として瓦を埋めた。瓦は再利用するから、となるべく割らずにおろしてもらったが、今のところ畑に放置状態。
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その瓦の一部で庭に小道を作ろう、と思い立ち、まずは勝手口の前に踊り場を作る。掘ったところに瓦を立てて埋めた。出来上がりはでこぼこ。夏には雑草に覆われる。大工の亀さんは素人のでこぼこが許せないらしく、砂を底に敷き詰めて水平をとりながら瓦を並べるように、と砂をくれた。でも今更掘り返す気にもならず、これが味なんて言っている施主である。
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屋根から下ろした鬼瓦の行き先は二転三転することとなる。その話はまたいずれ、、、。
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by mobiliantichi | 2008-02-05 23:44 | 古民家修復  

巨木伐採

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もともとこの廃屋は後ろにある母屋の目隠しに、ということで解体せずに放置していたもの。だから庭木は茂り放題。落ち葉が屋根に溜まり草が生えて雨樋が詰まり、雨漏りの原因になっていたため、最初の作業は庭の巨木伐採。これから現場責任者をお願いする大工の亀さんに「家の近くの木と頭でっかちのカイヅカイブキを切ってください。百日紅は残して」とお願いした。数日後に亀さんから電話があった。「全部切ってしまってよかったんかのう?」かくして原生林のようだった庭はその時点で伐採が済んでいなかった2本の木を残して切り株の庭になった。ホントは目隠しにもう少し木が欲しいところだが、これから植えていくことにしよう。

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切り株はちょっと面白い。叔母が自宅の庭に椅子がわりにおいてみようとしたが、重過ぎて運べない。3年ほど畑に放置してある。シロアリのえさになる前になんとかしないと。だれか貰ってくれませんか?d0147727_9354430.jpgd0147727_94798.jpg

  
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by mobiliantichi | 2008-02-02 09:40 | 古民家修復  

1番目の被害者は

 廃屋は祖父が亡くなった時点で時間が止まっていた。修復作業の第一歩は中身を片付けること。ここでも師匠の力が発揮された。まず名古屋と大阪の骨董屋に連絡、でもどちらも紀伊半島の先っぽまでは遠すぎる、と及び腰。そのため、師匠は葉山の古民家でお店を開いている若い骨董屋さん(A氏)に仕事を頼んだ。「おいしい松坂牛がたべれるよ」
 東京でトラックを借りて師匠と私はA氏の運転で熊野に向かった。10時間近いドライブの途中、もちろん松坂では焼肉屋によって、お肉をご馳走した。しかしその後はA氏は幽霊の出そうな古い母屋に泊まり、私の手料理を食べさせられ、廃屋の中をすっかり空っぽにしてくれた。
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 目利きのA氏は売れそうなものはトラックに積み込み、売れないものは畑でほとんど燃やしてしまった。帰りは師匠とA氏が二人でそのまま発掘品を市場に運んで処分したらしい。

 A氏がこの熊野旅行をどのように感じたのか、ずっと私は心配だった。しばらくして修復の進んだ廃屋の写真を持って、A氏が出店する大和の骨董市を訪れた。写真を見たA氏は綺麗になった、と言ってくれたが、一度遊びに来て欲しい、という誘いは丁寧に断った。
 私の手料理が口に合わなかったのか、怪しげな薬の処分をさせられたからか、廃屋の布団の中から丸々1体分の小動物の白骨が発見されたからか、それとも隣の部屋で寝ていた師匠のイビキが凄すぎたためか、、、、、。熊野にいい印象を持たれていないようでなんとも申し訳ない気持ちである。
 
 
 
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by mobiliantichi | 2008-02-01 21:12 | 古民家修復  

出会いは最悪

 ある日溜池山王の地下鉄改札横の小さな本屋で
「ほんもの」のアンティーク家具 
という新書を見つけた。本を購入してアンティーク好きの友人にも紹介した。彼女がHPで著者の店を調べたところ、修復講座をしている、という。海外暮らしが長く、アンティーク好きな彼女の家には沢山の修復の必要な家具があった。
 はじめてそのアンティークショップに彼女と訪れた時、まさかこんな長い付きあいになるとは思っていなかった。本の著者で店主のS氏は他のお客さんと仏教音楽について語っていた。お店の中を一通り物色した私達はおそるおそる「修復講座を受講したいのですが、少し暖かくなった春くらいに」と声をかけた。詳細を説明した後、店主は言った。「冬の講座がこれで人数が揃いましたからやりますよ。春は開催するかわかりません。丁度同世代50代の女性の方達ですから」私達はその瞬間、二度とこの店には来るまいと思った。決して決して私たちはまだ50代には見えないはず。
 しかし結局は「修復講座を受講した方はイギリス買い付けツアーに同行できます」という文言に惹かれて、寒い冬の修復講座に参加した。初日は雪。八王子のS氏の店は都心より数度は気温が低い。それに店は大正時代の工場を修復した物。その店でアラジンのストーブを囲んでの修復講座が始まった。確か開催人数は6名からのはず。でもなぜか生徒は私たち2名だけ。他の皆さんは直前キャンセルされたそうで。 なんだかはめられた気がした。でもそのおかげで好きな時間に講習を受けることができた。
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 そしてそのS氏がブログに登場する師匠
である。

 そしてまだ買い付けツアーは実行されていない。

 そしてこれが私の初 修復作品。この苦労話はまたいつか、、、。
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by mobiliantichi | 2008-01-30 21:50 | 古民家修復  

まずは廃屋の視察から

 数年前のある日、このプロジェクトは始まった。まず修復をけしかけた(?)師匠を廃屋の視察のため熊野に招待。父からのプロジェクト阻止の使命を受けた母が私と師匠に同行した。
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 曽祖父の後を継いで耳鼻科を開業していた祖父が亡くなってから30年近く放置された廃屋。ガラスの割れた窓には板が打ち付けられ、母屋とつながっていた廊下も取り壊されていた。庭にはカイヅカイブキの巨木、桜に百日紅に背丈近くまで伸び放題の雑草。
 長靴、軍手に懐中電灯、虫除けスプレーで装備して師匠と中に潜入。あまりの惨状にさすがの師匠も驚いたようだ。中にはガラクタが散乱しており、ところどころ床も抜けている。
 でも真直ぐ伸びた廊下、高い天井、そして天窓。すべてが今どきの家には無いもの。
                やるっきゃない             
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 後で師匠から聞いた話によると、母は師匠に「なんとかこの無謀なプロジェクトを諦めさせて欲しい」と言っていたそうだ。もちろん師匠がそんなことを私に言うはずもなく、とんとん拍子に計画が進むこととなった。
 
 
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by mobiliantichi | 2008-01-19 22:10 | 古民家修復  

修復の修了は

 「こんな田舎に当時モダンな洋館を単なる医者が建てることができたのは、だれか建築や洋館に詳しい人間の助言があったのでは?」 その疑問は最もだ。ここは紀伊半島の先っぽで、昭和30年代でも完全には電車は開通しておらず、今でも唯一の電車はディーゼルの単線だ。

 もし助言者がいるとしたら、西村伊作以外には考えられない。明治17年に生まれた伊作は幼少期を徳太郎と同じ下北山村で過ごし、25歳で4ヶ月間ヨーロッパからアメリカを旅行している。その後、民家や教会の設計を手がけたり、文化学院を設立した。
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 伊作と徳太郎は親戚で、この病院の開院祝いには、伊作から下北山の風景を描いた油絵が送られた。 その絵は長い間待合室正面に飾られていたが、廃院してからは母屋の蔵に仕舞われていた。そのためこの絵は新しく発見された伊作の作品として、数年前に鎌倉と和歌山で開かれた「西村伊作の世界」展に出品された。それ以来、和歌山県立近代美術館に預けてある絵。この絵を引き取り待合室の元の場所に戻すことができたときに、この家の修復は修了する。
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by mobiliantichi | 2008-01-17 21:23 | 古民家修復  

曽祖父「徳太郎」

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曽祖父の徳太郎が奈良県の山深い下北山村で最初に開いた診療所を離れ、新たな病院建設に乗り出した理由は判らない。選んだ場所は海に近い熊野市羽市木。時代は大正の中ごろ。奈良から大工を呼び寄せ、純日本家屋の母屋の前に洋風の病院を作った。病院の横には2階建ての入院病棟、薬局、旅館が建てられた。
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 病院の完成はきっととても嬉しく誇らしかったに違いない。今回の修復で廃墟の病院から2枚の絵葉書が見つかった。全景を写した写真は山の上から撮ったものだろう。

 徳太郎にはあったことはない。母によると個性的な強い人だったそうだ。ひ孫が自分の病院を好き勝手に手直ししてしまったことを果たして喜んでいるのだろうか?でもなんだか肩の上から覗き込むように見守ってくれている気がする。

    朽ち果てるのを待つよりはよかったでしょ。ひいおじいちゃん。
 
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by mobiliantichi | 2008-01-16 23:27 | 古民家修復  

始まりは1枚の写真から

 数年前に祖父の妹が一人老人ホームで亡くなった。子供のいなかった彼女は遺産を自分の育った家の修繕に、と姪である私の叔母に託した。叔母はぼろぼろの廃墟だった牛小屋と病棟を壊した。そのとき発見された古い写真を私はこっそり持ち帰った。その写真に写っていたのは廃屋のまま30年間放置されている曽祖父の建てた病院の昔の姿だった。

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 アンティーク家具の修復を始めた私は、ある日その写真を修復の師匠に見せた。
それは偶然の出来事。今まで買ったアンティーク雑貨や祖母から譲られた骨董の写真をまとめた「Mio」というノートの1ページにその古ぼけた写真は貼られていた。
 アンティーク家具の修復はあくまでも趣味なので、自分の家具が実習教材になる。でも家具なんてよっぽど気に入らないと買えるものではない。お金も場所もくうものだから。そのため「実習をしたくても教材がない」と嘆いていた私に師匠は言った。
 「これを直しましょう」

 その一言が私の人生を大きく狂わせることになった。
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by mobiliantichi | 2008-01-12 08:00 | 古民家修復  

Piacere

Piacere

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 紀伊半島先端の熊野の2008年の初日の出。7時に雲の合間から顔を出した。昨年は太鼓の伴奏があったが、今年の日の出は静かだ。今年は変化の1年になる。


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 初日の出に照らされた家。これがこのブログの主役だ。


 ちょっとくたびれた人間がかなりくたびれた家の修復を始めた。

 いろんなことが起こり、それなりに対処した。

 誰かに見てもらいたくなった。だからブログを始めた。

 ちょっと覗いてみて下さい。
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by mobiliantichi | 2008-01-01 07:15 | 古民家修復