ちっちばあちゃん

 蔵で見つけた2体の像。なで肩の後姿は、曾祖母を思い出させる。
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 曾祖父、徳太郎の妻だった曾祖母は長命で、ひ孫の私達は彼女のことを「ちっちばあちゃん」と呼んでいた。彼女はいつも祖父の隣にちょこんと正座していたので、子供のころの私は、彼女を観音像のように思っていた。ある日、兄に叩かれた私が「ママー」と泣きながら母に助けを求めると、その像が突然しゃべった。
   「○○ちゃん、ママっていうのは父さんのことかい?」
   「違うよお母さんのことだよ。お父さんはパパっていうんだよ」
   「母さんのことはパパって言うんかい?」
   「違うよ。ママっていうんだよ。ちっちばあちゃんはそんなことも知らないの?」
 明治生まれで、17歳で奈良の五条から、もっと山奥に住む徳太郎の妻になったちっちばあちゃんは、結婚当初はホームシックで泣いてばかりいたそうだが、熊野に出てきてからは変わったらしい。母の記憶では、朝は一番早く起きてお米から茶がゆを炊いて、買い物というといつも大人買い。ある時は米びつをいっぺんに5つも買って、孫達に配って、「少ししか買わないなんて恥ずかしい」と言っていたらしい。

 夫にも息子にも先立たれた彼女は90歳過ぎまで生きた。老人性痴呆の症状が現れた彼女の晩年の姿で私が覚えているのは、食事が終って私室に戻った彼女が、すぐ「お腹すいたのお」と食卓に戻って来た姿。

 我が家は長寿の家系で、私も友人達から絶対長生きしそう、と言われている。老人性痴呆になっても、ちっちばあちゃんのように食べたことを忘れる位がいいなあ。世話をしてくれる人がお財布からお金を盗んだ、とか言うようになったらごめんなさい。
 
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by mobiliantichi | 2009-03-04 20:26 | アンティーク  

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