1番目の被害者は

 廃屋は祖父が亡くなった時点で時間が止まっていた。修復作業の第一歩は中身を片付けること。ここでも師匠の力が発揮された。まず名古屋と大阪の骨董屋に連絡、でもどちらも紀伊半島の先っぽまでは遠すぎる、と及び腰。そのため、師匠は葉山の古民家でお店を開いている若い骨董屋さん(A氏)に仕事を頼んだ。「おいしい松坂牛がたべれるよ」
 東京でトラックを借りて師匠と私はA氏の運転で熊野に向かった。10時間近いドライブの途中、もちろん松坂では焼肉屋によって、お肉をご馳走した。しかしその後はA氏は幽霊の出そうな古い母屋に泊まり、私の手料理を食べさせられ、廃屋の中をすっかり空っぽにしてくれた。
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 目利きのA氏は売れそうなものはトラックに積み込み、売れないものは畑でほとんど燃やしてしまった。帰りは師匠とA氏が二人でそのまま発掘品を市場に運んで処分したらしい。

 A氏がこの熊野旅行をどのように感じたのか、ずっと私は心配だった。しばらくして修復の進んだ廃屋の写真を持って、A氏が出店する大和の骨董市を訪れた。写真を見たA氏は綺麗になった、と言ってくれたが、一度遊びに来て欲しい、という誘いは丁寧に断った。
 私の手料理が口に合わなかったのか、怪しげな薬の処分をさせられたからか、廃屋の布団の中から丸々1体分の小動物の白骨が発見されたからか、それとも隣の部屋で寝ていた師匠のイビキが凄すぎたためか、、、、、。熊野にいい印象を持たれていないようでなんとも申し訳ない気持ちである。
 
 
 
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by mobiliantichi | 2008-02-01 21:12 | 古民家修復  

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