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開けごま

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 上野の辺りでたまたま見つけたとっても派手な門。この紋所が目に入らないわけはない。なんだろう?蔦に覆われた表札を見ると、「徳川林政史研究所」?やっぱり徳川家の関係の建物らしい。とっても中に興味があるのだけれど、もちろん門は堅く閉ざされていた。生い茂る木々の隙間からわずかに見える洋館。なんだか良さそう、、。
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 先日、今は静岡県で働くかつての同僚に、久しぶりに再会した。彼は数年前にたまたま伊勢の辺りで、私を見かけたのだが、まさかこんなところに、と思い声をかけなかったという。私は今は熊野で働いていることを話し、なぜ伊勢にいたのか、と逆に聞いたところ、町内会の慰安旅行で伊勢を訪れたという。
 かつて、いくさに敗れた徳川家康が伊賀越えをして命からがら伊勢にたどり着いた時、船を仕立てて、静岡に家康を逃がした人物がいた。そして、その行いのために秀吉に睨まれて、伊勢にいられなくなったその町の民は、静岡に逃れそこに住み着いた。その人たちが慰安旅行で先祖の故郷を来訪するのだという。そして彼の祖先は家康に船を貸した人物。と言う事は、その人がいなかったら、江戸時代はなかったわけで、日本の歴史はとんでもなく変わっていたはず。
 この緑の門の向こうの建物の中には、そんなことに関する資料もあるのかもしれない。
 鎧兜を着けた凛々しいサムライ姿の彼が、門の前に立ち、
 「開けごま」と言うと
 音もなくすーーと門が開く。そんな場面が頭に浮かんだ。
 
 徳川家康はその時の恩を決して忘れなかったらしく、江戸時代その町の人はずっと税金が免除されていたという。たぬきおやじ家康、ちょっと見直した。

 

by mobiliantichi | 2010-03-01 11:33 | 国内旅行  

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