明治村 その6 教会 (こそどろさんのその後)

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刑期を終えたこそどろさんは、回心しようと思い立ち、明治村のキリスト教施設を訪ねた。
 最初にシャバの青い空に浮かび上がったのは、聖ヨハネ教会堂。(京都市下京区河原町通五條に、明治40年(1907年)建てられたプロテスタントの一派日本聖公会の教会で、設計したアメリカ人宣教師のガーディナーは立教学校の校長である。)入口にはなんだか縁結びの窓?があって、こそどろさん、ここで素敵な女性との出会いを期待して、にやけた笑い。階段を登ると、沢山のオルガンが聖歌を奏でている。美女はいなくても、こそどろさんの顔つきはちょっと優しくなったはず。
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 次に向かったのは、まるで普通の家のような、シアトル日系福音協会。(アメリカ・ワシントン州シアトル市 に当初はアメリカ人の住まいとして、明治40年(1907)頃に建てられ、1930年代(昭和5~14年)に日系移民が、渡米後の長い苦難末に手に入れた一軒の家で、戦後は日系一世のための福音教会として使われた。)こそどろさん、ここなら2階で暮らすこともできそうとほくそ笑んだが、遠くにもっと大きな教会が見えるから、とにかく行ってみることにした。
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d0147727_19175395.jpgd0147727_19181693.jpg 次は聖ザビエル天主堂。(京都市中京区河原町三條 明治23年(1890年))中にはステンドグラスの色の付いた光が降り注ぐ。こそどろさん、なんだかその光で自分も回心できた気になった。
 でも、豪華な教会にちょっと顔にはよこしまな笑みが浮かび、最後の教会に向かう足取りは狙った獲物を偵察に行く時のよう。d0147727_19193985.jpgd0147727_1920664.jpg
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d0147727_19213293.jpgd0147727_19215064.jpg 最後に辿りついたのは、大明寺聖パウロ教会堂。(長崎県西彼杵郡伊王島に明治12年(1879年)フランス人宣教師ブレル神父の指導のもと、地元に住んでいた大渡伊勢吉によって建てられた。)
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d0147727_19264263.jpg  生粋の日本人のこそどろさん、やっぱり木造の農家のような外観のここが一番落ち着くことに気がつく。ここにはこそどろできそうなものはないのに、深い皺の刻まれていたこそどろさんの顔には、穏やかな微笑みが浮かんだ。
 
 それに、ここには「ルルドの洞窟」があって、優しいマリアさまが見守っていてくれるのだから。ここなら、弱い自分もきっと立ち直れる。

めでたし、めでたし。

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by mobiliantichi | 2009-11-18 20:36 | 国内旅行  

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