明治村 その3 医療関係の建物 3つ

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 まずは「北里研究所本館」。 細菌学舎の北里柴三郎が、大正4年(1915年)に芝白金三光町に建てた研究所の本館だ。

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 相変わらず、階段と扉は要チェックポイント。d0147727_21112129.jpgd0147727_21113913.jpg
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 2つ目は「日本赤十字社中央病院病棟」。渋谷区広尾に明治23年(1890年)、赤坂離宮を設計した片山東熊の設計により建てられた。
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 父は私が幼い頃には、広尾の日赤に勤務していた。その頃の私の記憶の中の日赤は、なぜか夜の闇に光る赤十字のマークの付いたとっても恐ろしい建物。たぶんこの建物の後にできた物なのだろう。なぜ夜の記憶かと言うと、私が日赤に行ったのは、病院に車を置いて食事に行くためだったから。
d0147727_21194568.jpg 私の家は滅多に外食はしなかったが、唯一家族で通った洋食屋が、広尾の日赤の前にあった「ビクトリア」。そこで父はシャリアピンステーキ、兄は目玉焼きののったハンバーグ、私は海老フライを食べた。母は何を食べていたのだろう。この店のチーズトーストは、トーストパンにバターを塗り、粉チーズをたっぷり振りかけたもので、焦げたチーズの香りはたまらなかった。(それにここのシュークリームは絶品だった)
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 建物を見ながらも、食べ物を思い出してしまうのは、やっぱりかなり食い意地が張っている証拠かなあ。
 廊下の照明や天井の空気抜きが、ちょっと我が家ににてるかも。
d0147727_212347100.jpgd0147727_21284315.jpg 3つ目は「名古屋衛戍病院」。明治11年(1878年)に建てられた軍の病院。
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 ここでは窓の意匠が熊野の家に似てるようだった。
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by mobiliantichi | 2009-11-12 22:22 | 国内旅行  

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