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江戸東京たてもの園 その8 「子宝湯」 

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 ずいぶん立派な銭湯は昭和4年に足立区千住元町に建てられた「小宝湯」。私の知っている銭湯とは物が違う豪華絢爛な造り。
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 でも蛇口は同じ。押すと一定の時間だけ熱いお湯が出てくる仕組み。うすめるための水の蛇口もあったような?そうそう浴槽は深さや熱さが違ったっけ。底の見えない真っ黒なお風呂とかあったような。江戸東京たてもの園 その8 「子宝湯」 _d0147727_19544876.jpg江戸東京たてもの園 その8 「子宝湯」 _d0147727_19551095.jpg
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 脱衣籠や体重計に大きな鏡の仕切り。牛乳の冷蔵庫は?
でもこの銭湯ちょっと残念なのは下駄箱がないこと。あの大きな木の鍵の付いた下駄箱は銭湯の定番だと思っていたのだけれど。江戸東京たてもの園 その8 「子宝湯」 _d0147727_2004767.jpg江戸東京たてもの園 その8 「子宝湯」 _d0147727_202466.jpg
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 実家の近くの銭湯には、幼い頃に数回は行ったと思うのだが、取り立てて思い出はない。

 私の銭湯体験の恥ずかしい思い出は、大学2年生の時。母校では全運動部が毎年京都の大学と定期戦を行っていた。2年の春は京都が主催の年。しかし京都には海がないので、ヨット部の試合は琵琶湖で行われた。財政難のヨット部は例年なら琵琶湖畔のSLの寝台車を宿泊施設にした宿に泊まるのだが、なぜかその年はYMCAのホテルになった。禁酒禁煙に門限が8時という環境に、キャプテン以下先輩達は耐えきれず、試合が終わった直後「病気療養中だった監督が亡くなった」と嘘をついて宿をキャンセルして東京に帰ることになった。
 数台の車でとにかく東京を目指して出発したのは良かったのだが、大きな問題が勃発した。それはレースに参加した部員の匂い。レース中に沈(ヨットがひっくり返ること)して琵琶湖に浸かってしまった部員からヘドロの匂いが、、、。急遽銭湯を探すことになった。やっと見つけた銭湯に入る。私は唯一の女性部員だったので、一人のんびり女湯に浸かっていた。すると仕切りの向こうから聞き覚えのある後輩の大きな声が、、、、。「○○先輩!溺れていませんかーーー?」もちろん始めのうちは関係ない振りをしていたのだが、あまりに何回も繰り返されるので、仕方なく「大丈夫ーー!」と叫んで脱衣室に逃げ込んだ。耳の遠そうなおばあちゃんのお客ばかりだったこと、そしてこの銭湯には2度と来ないだろうことを考慮しても、かなり恥ずかしい体験だった。
 もちろん可哀想な後輩は先輩からの命令に逆らえず、そんな事をした訳で、私は怒ることもできず、笑うしかなかった。

by mobiliantichi | 2009-09-15 20:53 | 国内旅行  

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