矢ノ川峠

 母の育った尾鷲。今でこそ熊野から特急列車で30分の隣街だが、50年前に紀勢本線が開通するまでは、2時間半かかって、嶮しい矢ノ川峠をバスが走っていた。熊野や新宮の人間は、お伊勢参りをしようと思うと、このバスに乗り、尾鷲の旅館で一泊してから、列車を乗り継いで伊勢に向かったそうだ。
 母が子供の頃住んでいた家の近くに、広島屋という立派な旅館があった。数年前老朽化したその旅館は取り壊され、駐車場に変わった。しかし、その旅館の分館だった小さな旅館は、駅の近くに今も残っている。
 その旅館に住む、母の従妹を訪ねた。
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 熊野古道を散策に訪れた旅行者が、この旅館の前で写真を撮るという。すっかり近代化された尾鷲の街には、確かに古道を連想させる建物はほとんどない。d0147727_20583718.jpgd0147727_20585940.jpg
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 この急な階段、曲った廊下の段差、鏡、モザイクタイルの洗面台、etc。いちいち感激して写真に収めたくなるのは、私だけではないはず。d0147727_2102663.jpgd0147727_210462.jpg
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 矢ノ川峠(やのことうげ、と読む)はとてつもない道だったらしい。峠の頂上には茶屋があり、バスはそこで休憩した。すれ違いもままならない未舗装の山道。それが熊野と尾鷲を結ぶ唯一の陸路だった。祖母は尾鷲に住む母のため、バスの車掌さんに、よく荷物を頼んだらしい。紀勢本線全線開通50周年記念行事の一方で、峠のバスが廃止されて50年。当時を懐かしむ人たちが本を出版したり、展示を行っている。
 今では通行止めの場所もあるこの道を、車で走ろうとする人もいるらしい。自分で運転するつもりは全くないが、懐かしく峠の話をする母を見ていると、ちょっと見てみたい、そんな気がした。
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by mobiliantichi | 2009-08-28 21:39 | 熊野自慢  

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